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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 マリウスは武芸に優れた悪魔祓い師だ。殊に槍術においては、同世代で敵う者はいないと言われている。アルベルトも神学校で剣術の才を高く評価されていたが、実践経験の量が違うのもあって力量はマリウスの方が上だ。立ち回り次第では戦局をひっくり返すことができるかもしれないが、術を使われたら、武器からして劣っているこちらの方が圧倒的に不利だ。
 使われたら、だが。
(――おかしい)
 マリウスと剣を交えながら、アルベルトは思った。
 おかしい。先程からマリウスは悪魔祓い師の術を使わない。最初に使った閃光以外、使おうとするそぶりすらない。マリウスは何を考えている? 繰り出された突きを斬り払い、アルベルトは剣を振り下ろした。
「裏切り者アルベルト・スターレン。あなたは一体どんな力を手に入れたのですか?」
 槍を振るいながら、マリウスは唐突にそう問いかけてきた。
「あの魔女は一体どういう力を持っているのです?」
 振り上げた剣がローブをかすめ、小さな切れ目を作る。薙ぎ払われた銀槍が、剣を横に弾き飛ばす。
「彼女は魔女ではありません」
 突き出された銀槍に捉えられる前に、後方に下がって距離を取る。姿勢を落し、剣を構える。そして間合いを詰めてきたマリウスに、力を込めて刺突を放った。
「・・・・・・俺はなんの力も手に入れていない」
 刺突は銀槍によって防がれ、甲高い金属音を立てる。双方、すぐに武器を引くと、今度は互いに斬撃を放つ。
「戯言を」
 斬撃は防がれ、金属音が響き渡る。武器を合わせながら、マリウスは言う。
「魔女と共にいて、何の力も得ていないなど有り得ん」
 アルベルトの話も聞かず、ただそう決めつける。リゼといるだけで力を得られるなら苦労しない。彼女の力の謎が分かればあるいは、という気持ちはあるけれど、必要な時以外、人に力を見せることを嫌がるリゼが相手では、そう簡単に分かるはずもない。
「――リゼの力は人を救うものです」
 剣を振るいながら、アルベルトは言った。
「あなたの考えているようなものじゃない」
 武器を弾き返し、二人は互いに距離を取る。マリウスは槍を構え直し、あざ笑うかのように言った。
「救い? 愚かな。魔女はいずれ破滅を呼ぶ。魔女自らの手で。あるいは」
 マリウスの視線が、すっと魔法陣の中心へ向いた。
「破滅をもたらすための贄となることで」
 それにつられて、アルベルトも魔法陣の中心へと視線を移した。
 そこでは、ティリー達が魔物と交戦していた。魔法陣から湧き出でる魔物達を、三人で次々と仕留めていく。リゼをシリルの元へたどりつかせるための露払い。その向こう側で逆巻く黒い渦の中に、シリルとリゼはいる。
 そして今、渦巻く靄の中で、リゼはシリルに腕を捕えられ、湖の中へ引きずりこまれていくところだった。
「リゼ! シリル!」
 湖の中に消えた二人の名を呼びながら、アルベルトは魔法陣の中央へ走った。その前に魔物が立ちふさがるが、構ってなどいられない。牙を剥き出しにして襲い掛かってきたそいつを一刀の元に斬り捨てて、アルベルトは陣の中心へひた走った。
 しかし走るアルベルトを阻むように、行く手にくすんだ銀色の光が降り堕ちてきた。特別な力があるわけでもない、ただの銀の槍だが、避けるためには足を止めなければならない。その隙を狙って、マリウスがアルベルトの正面に回り込んだ。
「魔法陣の中心には行かせん。生贄は二人いれば十分だ」
 マリウスが口にしたその台詞に、アルベルトは耳を疑った。今、何と言った? 魔法陣の中心に行かせたくない理由は、魔女達が悪魔召喚をするつもりだと思い込んでいるからではなく――
「ブラザー・マリウス! やはりあなたは・・・・・・!」
 おかしいと思っていた。悪魔祓い師が纏う純白の輝き。マリウスからはそれがほとんど感じられない。先程から槍術ばかりで術を使わないのはそのせいか。マリウスは術を使わないのではなく、使えないのだ。
 そして、悪魔祓い師が力を失う原因はただ一つ。
 誓願を破った時だ。
「力が強大であればあるほど代償も大きい。これだけの数の悪魔教徒を贄にしても足りなかった。それに比べ、あの少女と魔女は良い贄のようだ」
 力を増した魔法陣を見、口調まで変えて、マリウスは尊大に嗤う。より強い悪魔を喚ぶ準備が整ったことを喜んでいる。悪魔を滅する悪魔祓い師ではなく、悪魔を尊ぶ悪魔教徒のように。
 いいや、『ように』ではなく、実際に『そう』なのだろう。
「・・・・・・悪魔堕ちしたのか」
 教会で会った時に覚えた違和感の正体はこれだったのだ。布一枚の目隠しは視界を遮るが、不可視のものを視通す妨げにはならない。だから分かった。マリウスの悪魔祓い師の力が、以前会った時よりも格段に衰えていることが。
 そして、今のマリウスに悪魔祓い師の力は欠片もない。悪魔堕ちした悪魔祓い師から、天使の加護は失われていくのだ。
「何故そんなことを・・・・・・」
 思わず呟くと、マリウスは冷笑を浮かべてアルベルトを見た。その眼は驕っているようにも、出来の悪い生徒を憐れんでいるようにも見える。
「貴様と同じ理由だ。アルベルト・スターレン」
「俺と・・・・・・?」
 同じ理由? どういう意味だ? マリウスの答えにアルベルトの意識が思考へと逸れる。同じ。マリウスは何を以って同じだと主張しているのだ。剣を握りしめ、アルベルトはじっとマリウスを見る。しばしの間、奇妙な沈黙が流れた。
 しかしその時、沈黙追遮るように火球が一つ、凄まじい勢いで飛んできた。飛来してきた炎の塊はマリウスに襲いかかり、弾ける。しかしマリウスは後方に飛んで、それを易々と避けた。
「お話し中申し訳ないですけど、時間がないのでさっさと倒させてもらいますわ。ね、アルベルト」
「悪魔祓い師だと思ってたら悪魔教徒なのかよ。偉そうなこと言ってたくせに!」
 ティリーは再び魔術を唱え始め、ゼノはマリウスに剣を向ける。その隣にキーネスが並んだ。
「悪魔祓い師が神聖都市の地下で堂々と悪魔召喚か。教会の権威も地に落ちたものだな」
 キーネスの皮肉のこもった口調に、マリウスは不愉快そうな表情になった。キーネスの言に機嫌を損ねたのではない。むしろ同意しているようだった。
「そうだ。怠惰なスミルナ教会の奴らなぞ、己の無能を棚に上げて居丈高に振る舞っているだけ。悪魔教徒が忍び入ったことにも気づかぬ愚か者どもよ!」
 その時、空気を震わせる鼓動が響いて、魔法陣が蠢いた。地底湖から黒い靄が立ち上り、洞窟全体がごうごうと音を立てる。悪魔召喚の儀式自体は中断されたが、地底湖内に溜め込まれた悪魔は外に出ようと脈動していた。
「下がれ!」
 足元の肉の筋が動いたのを感じて、アルベルト達は岸へと向かった。入り口の前に、狭い岸辺がある。全員でそこまで撤退すると、マリウスがあざ笑うように言った。
「逃げても無駄だ。“門”はすでに十分に開いている。魔女と小娘だけでなくお前達も生贄になってもらおう」