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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 何故「心配をかけて悪かった」なんて考えているのだろう。
「・・・・・・心配したっていうのはこっちの台詞よ。私をかばってマストの下敷きになったんじゃないか、無事でも海に投げ出されたんじゃないかと思ってたら、よりによって教会に捕まってるっていうんだから」
 無事なのかと思いきや捕まっているというのだから、また別の意味で心配する羽目になってしまった。全く、この男は人のことよりも自分のことを心配した方がいいと常々思う。無事だったからよかったものの、十分危機的状況にあったのだから。しかし、そう言われたアルベルトはなぜか虚を突かれたような表情になって、
「心配してくれていたのか」
 と呟いた。
「・・・・・・・・・・・・あのねえ。人を血も涙もない人間だとでも思ってるの?」
 知り合いが死ぬかもしれない状況にあれば心配ぐらいする。そう思って不満げに言うと、アルベルトはたちまち焦ったように表情を変えた。彼は酷く申し訳なさそうな様子で、リゼに言う。
「す、すまない。マリークレージュで俺がいなくなった時は全然心配してなかったと聞いたから、今回もそうなのかと・・・・・・」
 マリークレージュでアルベルトがいなくなった時。記憶をたどってその時のことを思い出す。そういえばそんなこともあった。ティリーにでも聞いたのだろうか。確かに心配していなかったが。
「あの時と今じゃ状況が違う」
 あの時は勝手に人探しに行って勝手にいなくなったアルベルトの安否など、本気でどうでもいいと思っていた。死んでいたって構わないとまでは思わなかったが、いちいち心配してくる小うるさい旅の連れがいなくなってむしろ清々したぐらいだ。だが、今回は違う。マストの下敷きになったか嵐の海に投げ出されたか。庇われた結果生死不明どころか死んでいる確率の方が高いことをされては、いくらなんでも心配しない訳がない。ただ単に、大騒ぎするほどではないだけだ。
「それはそうと、教会に捕まったんじゃなかったの?」
 腕組みして問いかけると、アルベルトはすぐに答えた。
「何とか脱獄できたんだ。地下洞窟から外に出られることは知っていたから、ここから脱出しようと」
 どうやら悪魔祓い師であるアルベルトは地下洞窟のことを知っていたようだ。やはり教会は地下洞窟の構造を把握しているらしい。だかロドニーが知らなかったことを鑑みるに、教会の人間なら誰でも知っているというわけではなさそうだが。
「それよりシリルのことなんだが、あの子はスミルナに――」
「知ってる。ここにいるはずなんでしょう? 救出した子供達に聞いたわ。それで、悪魔教徒が潜伏しているとしたら、この地下洞窟が最も可能性があると思って来たの」
 アルベルトの発言を途中で遮って、リゼは言った。アルベルトも子供達に聞いたのだろうか。それなら話が速い。
「ところで、教会はこの地下洞窟を調べたりしているかしら。いいえ、そもそも教会はスミルナに悪魔教徒が入り込んでいることに気付いているの?」
 そう尋ねると、アルベルトは沈んだ表情になった。何があったのか、酷く悔しげな様子で答える。
「おそらく気付いていなかったと思う。少なくとも末端の人間は知らない。・・・・・・それに捕まった時、スミルナに悪魔教徒がいると警告したんだが、取り合ってくれなかった」
「そう。なら、教会の人間は役に立たない代わりに、私達の邪魔をすることもないってわけね」
 今、教会の奴らと鉢合わせたら、悪魔のしもべに裁きをだのなんだの言われて戦いになるに決まっている。だから聞き入れなかったのなら幸いだ。思う存分シリルと悪魔教徒を捜させてもらおう。
 ――そう、シリルと言えば。
「これ、返しておくわ」
 リゼはポケットから取り出した物をアルベルトに手渡した。聖印。シリルが悪魔から身を守れるように、アルベルトが彼女に渡した物。しかし悪魔教徒に取り上げられ、貨物船に捨てられてしまった物。
「これはシリルに渡した――」
「貨物船の中に落ちていたらしいわ。たぶん、悪魔教徒に取り上げられたんだと思う。そして、中にはメッセージが入れられていた。『スミルナへ』って」
 おかげでシリルの行先が明確になった。その一方で、シリルが悪魔の脅威にさらされていることが明白になってしまったのだが。“憑依体質(ヴァス)”であるシリルは悪魔にとって格好の寄主だ。悪魔除けなしではたちまち取り憑かれるだろう。それを狙って、悪魔教徒達は聖印を取り上げたのかもしれない。アルベルトは加護の祈りは得意ではないと言っていたが、あの悪魔除けの守りは強力なのだ。魔物の接近を拒むくらいには。
「――そうそう、それのおかげで助かったわ」
「え?」
「魔物に襲われた時に、ちょっとね」
 水中で魔物に突進された時、魔術ではない力で身を守られた。あれは聖印の悪魔除けの力だったのだろう。まさか悪魔祓い師の力に守られるとは思わなかった。
「・・・・・・役に立ったみたいでよかった」
 堅い表情を少しだけ和らげて、アルベルトは言った。リゼは“魔女”が聖印の力に守られるなど何の冗談だろうと思っていたが、アルベルトがそんなことを考えるはずもない。単純に無事を喜んでいる彼の様子を見ていると、ひねくれたことを考えている自分がなんだか馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。――それに、“悪魔祓い師”に助けられるなんて、今に始まったことではないじゃないか。そう思いながら、リゼは何となくそらしていた視線を、アルベルトの方へ戻した。
 すると、今まで気づかなかったあることに気が付いた。
 アルベルトの喉に染みのようなものがある。かなり大きなものだ。だが、薄暗くて見えにくい。仕方なくアルベルトに近付くと、彼はどこか慌てた様子で身を引いた。しかしリゼは構わず詰め寄って、アルベルトの喉に手を当てる。指先に、わずかに生温い液体が付着するのを感じた。
「これ、どうしたの?」
 暗くてすぐに気付けなかったが、アルベルトの喉に赤い痣が出来ている。それだけでなく、ところどころ爪が食い込んだのか、血まで滲んでいる。形からして、魔物ではなく人間に首を絞められたようだ。騎士にでもやられたのか? いや、動きを封じるためだろうとなんだろうと、わざわざ首を絞めたりはしないだろう。それに、大人の手にしては小さすぎる。
「あ、これは・・・・・・悪魔教徒に遭遇した時に・・・・・・」
「悪魔教徒? いたの?」
「ああ。君が来た方角から来たみたいだ。この奥には何があった?」
 動揺を消して真剣な表情になったアルベルトは、洞窟の奥へ視線をやった。魔物がいなくなった闇の中は静かで、何者の気配も感じない。かなり遠くへ来てしまったのか、ティリーとキーネスが現れる様子もない。
「地底湖よ。巨大な魔物がいた。――ちょっと動かないで」
 リゼはそう言いながらアルベルトの喉に手を当てると、集中して癒しの術を唱えた。掌に集められた魔力は喉の痣に伝わって、裂傷を塞いでいく。傷がなくなって痣が薄くなったところで、リゼは手を離した。
「これでいいはず。痛くない?」
「ああ・・・・・・痛みは全然。ありがとう」