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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「総員、速やかに敵を殲滅せよ! ただし退治屋達の保護が先だ。怪我人から優先して運べ!」
 命令に答え、兵士達は統率のとれた動きで黒服の男達へと向かっていく。突然の兵士の出現に敵は一瞬戸惑ったようだが、奴らはすぐに兵士達へと標的を切り替えた。月の光が満ちる中、繰り広げられる黒服の男達と兵士達の戦い。しかし互角に見えたのはほんの短い間のこと。数の利もあって、刺客達は兵士の一団に瞬く間に倒されていった。
「なんとか間に合ったようですね」
 黒服の男達と兵士の交戦を驚きながら見ていたアルベルトとリゼに、あの赤毛の指揮官が声を掛けてきた。彼は微笑みつつも残念そうに、もっと速く来ることができれば良かったのですがと続ける。
 この人は一体何者だろう。あの兵士達はおそらくミガー王国の国軍だろうし、退治屋達の保護に来たというからには敵ではない。このアスクレピアで起こっていた変事に軍も気付いたのだろうか。
「あなた、誰?」
 怪訝そうな目で男を見つめて、リゼがそう訊ねた。揺らめく炎と月の光が、男の姿を明るく照らす。問いかけられた兵を率いる赤毛の男は大事なものを見つけた時のような満足げな表情を浮かべると、リゼに向けて優雅に一礼した。
「貴女にお会いできて光栄です。緋色の髪の魔女殿」



 足元から細かな振動が伝わってくる。
 今いるのは揺れる馬車の中。外装はいたって普通、むしろ貧相と言っていいほどだったが、中はそれなりに広く、柔らかい敷物が敷かれていて快適だった。
 とはいえ、大人数が一度に入るとさすがに狭かった。保護された退治屋達は兵士達が乗って来た大型の馬車にそれぞれ乗せられたのだが、リゼとアルベルト、ティリーとキーネス、それにゼノだけは半ば強制的にこの馬車に乗せられたのだった。オリヴィアは黒服の男達との攻防が終わったところで倒れてしまったので、付き添いのシリルと一緒に別の馬車で手当てを受けている。
 そしてリゼの正面にはあの赤毛の指揮官が座っていた。歳は三十代ぐらいか。知的な印象を受ける顔立ちと、質素ながら品の良い衣服。軽鎧は身につけているが、本職は魔術師なのだろう。人数の関係で狭い馬車内だが、傍らには兵士が一人控えている。男は柔和な微笑みを浮かべているが、兵士の雰囲気は物々しい。指揮官自ら招いた相手であるにも関わらず、リゼ達を警戒しているようだ。それほどの重要人物ということなのか。
「それで、あなたは誰? 私に何か用でもあるの?」
 兵士の威圧的な態度は無視して、リゼは単刀直入にそう訊ねた。敬意も前置きもへったくれもないストレートな質問。その口調に真っ先に反応を示したのは、隣に座ったティリーだった。
「リゼ! この方は、その・・・・・・偉い方なのですよ!」
 慌てたように手を振りながら、ティリーはそう言った。彼女は最初にグリフィスの姿を目にした時も相当驚いていた。やはり『偉い人』らしいこの男の正体をティリーは知っているらしいが、言っていいのか悪いのか計りかねているらしい。だがどれほど重要人物だろうとリゼには関係ない。『緋色の髪の魔女』などという教会に勝手につけられた呼び名を知っていて、なおかつそれを使ったのだから、一体何を企んでいるのか確かめるのが先だった。
 さて、当の本人はといえば、不躾な質問に気分を害した様子もなく、柔和な微笑みを浮かべたままリゼへと視線を向けている。彼は自己紹介が遅れてしまってすみませんと断ると、リゼの質問に回答した。
「私はグリフィス。ミガー王国第一王太子です」
 男の告白にリゼは少しばかり驚いた。アルベルトも同様らしく、斜め向かいに座るグリフィスを見つめている。ティリーはもちろん、キーネスも気付いていたのか知っていたのか特に変わらなかったが、
「王子様ぁ!?」
 素っ頓狂な声を上げたゼノは、弾かれたように立ち上ってグリフィスをじろじろと見まわした。よほど驚きだったらしい。呆けた顔でしばらくグリフィスを見ていたが、兵士の威圧感が増したところでさすがに無礼だと悟ったらしい。はっとして小さくすみませんと謝った。
「いいえ、構いませんよ。驚かれるのも無理はない。本来なら、私がこのような場所にいるはずがありませんから」
 グリフィスは微笑んで優しくそう言った。
 リゼは腕を組んで正面のグリフィスを見た。王太子などと言われても、ミガー王家のことなど良く知らないし見たこともないから、目の前のこの男がこの国の権力者の一人である実感は湧かない。ティリーとキーネスの反応を見る限り偽物ということはなさそうだが、
「なら、どうしてこんなところにいるの? 行方不明になっていた退治屋達を探しに来たんだとしても、あなたが王子だというなら、それくらいのことでわざわざ出てきたりしないわよね」
 王太子に対する敬意とか態度とか、そういうことは無視してリゼは質問した。隣でティリーは焦っているような戸惑っているような表情を浮かべ、アルベルトは困ったような顔をしているが、残念ながら、二人の意には沿えない。――一応、助けられたことは感謝しているので、この人には悪いと思っているが。
「貴女方は、ダチュラという植物をご存知ですか」
 グリフィスは質問に答えることなく、逆に質問を返してきた。当然、ダチュラのことは知っている。というより知っているも何も、それで大変な目にあったのだから。
「種には記憶喪失となる毒が含まれ、人を苗床として成長する植物、ですね」
 アルベルトがそう答えると、グリフィスは頷いた。
「その通りです。ダチュラはこのミガーに生育する植物の中でも、最も危険なものの一つです。人に根付き、その種は記憶を奪う毒が含まれている。その危険性から、この国では研究用を除いて栽培も所持も禁止されています。
 しかしここ数年、禁止されているはずのダチュラを原料としたものがある場所で大量に出回っていることが分かりました」
「・・・・・・それは、麻薬のことですか?」
 アルベルトの指摘に、グリフィスはやはりご存知でしたかと再び頷く。リゼ達が麻薬のことを知っている(ゼノは不思議そうな顔をしていたが)と理解したグリフィスはさらに話を続けた。
「今、アルヴィアの貿易港メリエ・リドスで強烈な中毒症状を引き起こす麻薬が出回っています。効果的な治療法もなく、何人もの死者が出ているそうです。そして、その麻薬の元となる植物が、三つあります」
 アルベルトが持っていた覚書に記されていた植物。ベラドンナ、ヴァレリアン。そして、
「そのうちの一つが、ダチュラです。麻薬の原料は全て、この国でしか入手できない物。誰かが国内で麻薬を作っているとしか考えられません。ベラドンナ、ヴァレリアンは栽培が制限されている植物ですが、薬の原料としても用いられるためその気になれば入手は難しくありません。問題はダチュラです。人間を苗床とするダチュラを、一体どこで栽培しているのか? 我々はずっとダチュラの栽培地を探していました。栽培地が分かれば、麻薬を製造している者達の尻尾を掴むことも出来ますから」