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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 つまり、グリフィスは麻薬のことを調査しているうちにダチュラの栽培地――人喰いの森の奥地・アスクレピア――のことを知り、兵を率いてやって来たということか。現時点で直接被害にあっているのはアルヴィアだけとはいえ、法律違反の危険物が国内で製造されているのは看過できないだろう。
 それにしたって、ダチュラの栽培地を特定するだけなら、王太子ともあろう人が直接出向くほどのことではないと思うが。
「なら、あの黒服の男達は麻薬を作っている奴らの手先で間違いないんですね。しかし、彼らは何故麻薬を作っているのですか? 高く売れるかもしれませんが、いくらなんでも手間がかかりすぎるような・・・・・・」
 リゼが先の疑問を問う前に、アルベルトがそう言った。
 メリエ・リドスで麻薬を密売していたラウルという悪魔研究家は、麻薬を売るのは商売だからだと言っていた。すなわち金のためだ。しかし、そもそも儲けたいだけなら何故アルヴィアで売るのだろう。輸送のコストとリスクを考えたらミガー国内で売る方が利益が高くなるに決まっている。何か理由があってアルヴィアで売っているのか。アルベルトはそう考えたのだろう。
「奴らの目的は金を得ることではありませんよ。それは副産物でしかない」
 その疑問に答えるように、グリフィスはそう言った。
「麻薬を製造し、アルヴィアにばらまいているのは、悪魔教徒なのです」



 悪魔教徒。それは、己の欲望を叶えるために悪魔を崇め、生贄を捧げて契約を交わす者達のことだ。
 この生贄というシステムと背徳を是と教義から、長らく悪魔教徒は誘拐・強盗・殺人といった混乱の種をこの世に落とし続けてきた。犯罪者であり、背徳者である人に害を為す者達。
 グリフィスの話によると、麻薬をばらまいているのはその悪魔教徒達だという。ミガー王国の治安維持を担う国軍の指揮の一部を任されているという彼は、麻薬の調査を始めてすぐそのことに気付いた。悪魔召喚を行おうとしたという容疑で逮捕された商人が、ベラドンナを買い占めていたことが判明したからだという。
「彼らの目的は、おそらく悪魔憑きを増やすためでしょう。ご存じかと思いますが、悪魔教徒の最終目的はこの世に魔王(サタン)を降臨させること。そのためには悪魔憑きを増やし、世を乱れさせる必要があります。混乱から生じる負の感情が、魔王(サタン)召喚の助けになるという話ですから。麻薬はそのための手段の一つかと」
 悪魔教徒は召喚した悪魔と契約し、その力で我欲を満たそうと考えている。召喚する悪魔が強力であればあるほど、より大きな願いを叶えられるようになるのだろう。
 例えば、全ての悪魔を統べるもの、唯一絶対の神の最大の敵、あらゆる悪徳と背徳の主である魔王(サタン)。それを喚び出すことができたなら、地上の支配権すら手に入れられるという――
「それに、悪魔教徒にとって教会はなによりも邪魔なもの。アルヴィアで優先的に麻薬をまいているのは、先に教会を弱体化させたいからでしょう。ですが、メリエ・リドスで広まっている以上、いつミガーに広まるか分かりません。それに――」
 そこでグリフィスは言葉を切り、悲しげな表情をした。
「麻薬はミガーで採れる植物を原料としています。また免罪符という形で売られているため、現時点では被害者のほとんどがアルヴィア人です。このまま麻薬の流布を放置しておけば、争いの火種になりかねません」
「――麻薬密売をミガーの仕業だとして、アルヴィアが侵略してくるってことですわね」
 ティリーがそう言うと、グリフィスは頷いて肯定の意を示した。
「残念ながら、アルヴィアは長年我が国を侵略するチャンスを狙っています。麻薬が広まり続ければ、彼の国は近いうちに我が国に宣戦布告するでしょう。それだけは避けなければ」
 戦争。アルヴィアとミガーの間での。
 有り得ない話ではない。アルヴィアにとってミガーは魔術師――悪魔のしもべ達が住む悪の国だ。戦争は長らく起こっていないが、きっかけさえあればすぐにでも勃発してしまうだろう。
 それだけは避けなければ、とアルベルトも思う。国土の広さでいえばアルヴィアはミガーの二倍以上あるが、国力でいうならほぼ互角といって良い。いや、長期戦になった時は食糧面で有利なミガーの方が優勢だろう。アルヴィアはミガーから輸入される食料品がなければ多くの人が飢え死にする可能性があるし、教会の騎士達も帝国軍も優秀だが、ミガーの魔術を見る限りすぐに決着がつくということは考えにくい。戦争は長引き、両国とも疲弊する。
 それが悪魔教徒の狙いなのか。
「そこで、貴女の力を借りたいのです」
 唐突に、グリフィスはそう言って、静かに話を聞いていたリゼへと視線を向けた。アルベルトも不思議に思ってリゼの方を見る。当の本人も、何故ここで自分の話になるのかと怪訝そうな顔をしていた。そんなリゼに、グリフィスは微笑みかける。
「貴女の力のことはすでに知っています。悪魔にさえ通じる強力な浄化の魔術。重傷をも癒す治癒の術。悪魔を祓い、跡形もなく滅ぼす悪魔祓いの術。貴女は偉大なる力を持つ、この世で唯一の人物だ。
 貴女の悪魔を滅ぼすことの出来るその力を、是非とも我々に貸してほしい。悪魔教徒を打ち倒すことに協力して欲しいのです」
 リゼは沈黙したまま、じっとグリフィスを見つめている。返事がないことを見てとったグリフィスはさらに話を続けた。
「手を尽くせば麻薬の流布を止めることは出来るでしょう。しかし麻薬が駄目になったら悪魔教徒はすぐに次の手を打つでしょう。彼らは魔王(サタン)を降臨させるためならどんな手でも使います。それを止めるためには、元を絶つ他ありません」
「・・・・・・」
「ですが、彼らは悪魔を味方につけているため、悪魔と戦う術を持たない我々では歯が立ちません。魔物と戦うことは出来ても、悪魔に取り憑かれれば終わりです。ですがあなたなら、悪魔と戦える。悪魔教徒を打ち倒し、騒乱の種を除くことができる。そのために、協力していただけませんか?」



 グリフィスに連れられ、アスクレピアを離れて二日経った。
 アルベルト達は森と砂漠を隔てる山脈の中の忘れられていた山道を通り抜け、人喰いの森から南東の方角、ルゼリ砂漠にある魔術工学の街フロンダリアへとやって来た。
 フロンダリアは砂漠の中にぽっかりと空いた谷の中にある街だ。崖に張り付くように道が作られ、岩盤をくりぬいて作られた家の煙突からは細く煙がたなびいている。谷底には川が流れ、街の端の少し進んだところで蛇行しているため流れていく先は見えない。
 魔術の研究のための街。多数の魔術師と悪魔研究家が集う街。
 そしてフロンダリアには、街全体を覆うように、半球状の透明な障壁が張り巡らされていた。



「ここにも結界があるんだな」
 案内された部屋の窓から空を眺めながら、アルベルトは呟いた。
 フロンダリアに到着した後、アルベルト達は事後処理が終わるまでゆっくり休息を取って欲しいと来客用の部屋に案内された。
 部屋の中にいるのはアルベルトとゼノの二人だけ。リゼ達女性は別室で、キーネスはどこかへ出掛けたので今はいない。