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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 部屋の中に満ちているのはおそらく魔術でできた真っ黒な闇。しかしアルベルトには視通すことは容易だった。扉を蹴り開けた時の物音で動揺しているらしい魔術師に一瞬で近付き、袈裟懸けに斬りつける。闇の中から剣で反撃されるとは思わなかったのか、その一撃で、魔術師は抵抗することもなくあっさりと倒れた。
 その瞬間魔術が解け、黒い闇が霧散して消えていく。外から流れ込む月の光に照らされているのは、剣を握った黒服の男が二人。一撃で魔術師を倒されたことに動揺したのか、男達は一瞬だけ躊躇う様子を見せたが、次の瞬間、二人は一斉にアルベルトに襲いかかった。狭い室内だ。避けられる余裕はない。アルベルトはそこから一歩も動かずに男が握る黒い刃を受け止めると、そのまま勢いをつけて弾き返した。澄んだ金属音と、それに紛れ込む風を裂く音。その音を聞き取ったアルベルトは素早く振り向くと、飛来したナイフを撃ち落とした。
 弾かれたナイフが地面に落ちる前に、アルベルトは一歩踏み込んでナイフを投げた男に斬りつけた。鮮血が散り、ひるむ男にもう一太刀浴びせかける。そのままアルベルトは振り返り、背後に迫っていたもう一人の男に向けて、流れるように剣を振るった。足を斬られて男はその場に崩れ落ちる。
「――攻撃パターンが前と同じだ」
 手足を斬られて倒れ伏す男達を見て、アルベルトはそう呟いた。
 以前にも、同じような輩に襲われたことがある。こいつは、メリエ・リドスで密売人のアジトである倉庫で麻薬を見張っていた時、突如襲いかかってきたあの黒ずくめの男と同じだ。もちろんあの時戦った奴とは違う人物だが、服装が同じで、太刀筋もよく似ている。
 この黒服の男達の襲撃は、自室で就寝していたアルベルトの所にも当然ながらやってきていた。彼らは物音一つ立てず部屋に侵入してきたが、襲撃を想定して警戒していたため、撃退することは難しくなかった。昼間話していたことがまさか今夜起こるとは思わなかったが。
「リゼ、大丈夫――」
 すぐ近くに敵がいないことを確認したアルベルトがリゼの無事を確認しようとした時だった。彼女は無言で壁に空いた穴から外へ出ると、澄んだ声で何かを呼ばわった。その瞬間、リゼの目の前に魔術の風が生まれ、まっすぐ前へと解き放たれる。渦巻く烈風は前方にある小屋の横を通り過ぎ、そこにいた黒服の男達を吹き飛ばしていった。
「無事よ。心配しなくても」
 そう言って、リゼは腰に手を当てた。左の袖口には血が滲んでいたが、それほど大きな怪我ではなさそうだ。リゼは集落を囲む黒服の男達の姿を目に留めると、すっと目を細めた。
「こいつら、麻薬の関係者かしら」
「ああ、間違いない。メリエ・リドスでも似たような奴らに会った」
 そう言った瞬間、背後に人の気配が降った。振り返るよりも先にアルベルトは地面を蹴り、リゼは魔術を唱え始めた。そこへ、小屋の影と同化するように佇む新手の魔術師が、握りこぶしほどの水弾を幾つも放つ。水弾は誰もいない地面をえぐり、あるいは氷壁に防がれて、虚しく飛沫を散らした。入れ替わるように刃を手にした男が三人、アルベルト達に襲い掛かったが、一人はアルベルトが剣を叩き落として斬り伏せ、二人はリゼが氷漬けにした。
魔術の追撃が来る前に、黒服の男が落とした剣を拾って、魔術師目掛けて投擲する。ぎゃっ! と情けない声を上げて、魔術師はひっくり返った。
「・・・・・・前回は魔術師はいなかったな」
 あちこちで上がっている魔術を見ながらアルベルトは呟いた。 少し離れた場所で派手に上がっているのはティリーの火炎魔術か。夕方に伝えた警告が功を奏したのか、退治屋達は次々に応戦を始めているのだ。敵は奇襲が失敗したことにようやく気付き、正面から退治屋達を仕留めに掛かっている。どこからか射手も現れ、退治屋達に矢を浴びせかけている。
 剣と矢と魔術。麻薬の秘密を知る者を葬ろうとする刺客達はあらゆる手でこちらを一掃しようとする。アルベルトはメリエ・リドスでの刺客の行動を思い出し――こいつらがメリエ・リドスの時と同じ輩なら、奴らはもう一つ、武器を持っている可能性があることに思い至った。
 その時、大きな爆発音と共に、近くの小屋が四散した。木の破片が飛び散り、真っ赤な火の手が上がる。吐き出された熱風がアルベルトの所まで吹き付けた。
 爆弾だ。メリエ・リドスで見た、火をつけると爆発する武器。あの黒服の男が小屋に投げ込んだのだ。中にいる人間を始末するために。
「っ! これは!?」
 燃え上がる炎と爆風で視界が塞がれる。爆風を防ぎながらどうにか目を開けると、眩しい炎が瓦礫と化した小屋を包んでいた。こちらの隙を狙って斬りかかってきた敵を撃退し、小屋へと近づく。
「あの小屋は・・・・・・!」
 小屋から誰かが逃げ出してくる気配はない。逃げることも出来ず、中で焼かれてしまったのか。隣でリゼが氷雪を生み出そうと魔術を唱えている。しかし、それが完成する前に、小屋の中から雷撃が飛び出してきた。雷撃は弾け、近くにいた黒服の男を蹴散らしていく。空を駆け抜けた雷が消えた瞬間、炎の中から二つの人影が現れた。
「人が寝ている時にバンバンうるさいんだよ!」
 シリルに支えられたオリヴィアは、そう言って黒服の男達を睨みつけた。その声が少しくぐもって聞こえるのは、彼女達の周りに揺らめく透明な膜が張り巡らされているからだ。爆風の中で無事だったのは魔術で障壁を作ったかららしい。しかし男達は慌てた様子もなく、黒塗りの剣を抜くとシリルとオリヴィアに一斉に襲いかかった。
 その途端、火花が爆ぜるような音と共に、男達は後ろに吹っ飛ばされた。オリヴィアはすでに魔術を用意していたのだ。二人を守るように囲んでいるのは、蜘蛛の巣のように張り巡らされた雷の網。その一端から雷撃が迸り、敵へと襲いかかった。続いて、炎の影から飛び出したゼノとキーネスが男達へと斬りかかる。止めを刺され、男達は完全に沈黙した。
 しかし、敵はまだ大勢いる。退治屋達は次々に応戦しているが、爆弾と矢で牽制されて身を守るのが手一杯のようだ。完全に治ったとはいえ、退治屋達は言わば病み上がりの身だ。しばらく武器を握っていなかったせいで鈍ってしまっている者も多い。そもそも退治屋達は人間との戦いに慣れているわけではないだろうから、どちらにせよ歩が悪い。
 加勢に行きたいが、敵はそれを許さなかった。アルベルトとリゼを取り囲む、黒服の刺客達。彼らが放つ魔術と刃を避け、あるいは防ぐ。そして隙を突き、一人一人確実に倒していくが、やられることはなくともこれでは時間がかかりそうだった。敵の総数はどれほどか分からない。ただ、敵の方が多いことは確かだ。勝てたとしても無事で済むかどうか――そう、アルベルトが考えた時だった。
 どこからか飛来した魔術が黒服の男達を直撃した。
「なんだ!?」
 振り向くと、そこにいたのは退治屋達ではなかった。もちろん黒服の刺客達でもなかった。燃える家々の光を浴びながら立っていたのは、無駄な装飾のないシンプルな鎧を身につけた兵士の一団。魔術を使ったのはその中の魔術師兵だ。突如現れた兵士達、それを率いる鮮やかな赤毛の男は、よく通る声で命令を下した。