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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 あいつらはあざ笑っていた。ゼノのこともアルベルトのことも、貧民街の人達のことも、優越感に溢れた眼差しで、憐れむように見ていた。何故憐れまれなきゃいけないのか分からない。何故偉そうにしているのか分からない。何故動物でも見るような目で見られなきゃいけないのか分からない。貧民街の人達が何をしたというのだろう。ミガー人が何をしたというのだろう。どちらかといえば、こちらは被害者の方なのに。普通に生きているだけで、笑われる謂れなんてどこにもないのに。
 それに、
「貧民街の奴もだ。いくらお尋ね者だからってオレ達を売るなんてよ・・・・・・しかも悪魔の手先だなんて言いやがって・・・・・・なんなんだよ・・・・・・オレ達がなにしたってんだよ・・・・・・」
 恩に着せて威張るつもりはないが、こちらは彼らの命を守るために大人しく投降したのだ。それなのに、あの仕打ち。助けてくれて、介抱してくれたことに感動していた矢先だったから、彼らにも事情があったと分かってはいるもののショックは大きい。
「それに、おまえだってリゼを助けただけなのに、悪魔堕ちしただなんて言われてんだぜ? 腹が立たないのか?」
 今度はそのことに腹が立ってきて、ゼノはイライラしながら呟いた。悪魔祓いの力を持つリゼを教会は魔女だと言って捕らえようとした。それに抗議し、リゼを助けたのがアルベルトだ。これのどこが悪いことだというのだろう。当たり前のことをしただけじゃないか。
「・・・・・・俺のことは別にいい。規則を破ったのは本当だからな」
「よくねぇよ。他人のことばっかじゃなくて、自分のことも気にしろよ」
「本当にいいんだ。俺のことより、貧民街の人達やミガー人(君)や、リゼのことの方が重要だから」
「だからよくねぇって! 何にも悪いことしてないのに、悪い奴だなんて言われるのはおかしいだろ!? おかしいんだよ教会の奴らは!」
 イライラして怒鳴ったら、二つ隣の牢は沈黙した。ゼノは壁にもたれ掛かり、ずるずると座り込む。
 シリアスは苦手だし、誰かをネチネチと恨むのも好きじゃない。
 でも仲間とはぐれ、シリルを助けに向かうことも出来ず、あまつさえこのままなら拷問と死刑確定とあれば、ふてくされたくもなるのだ。



 一日たった。
 冷たい石の床に寝転がって、ゼノは明り取り用の小さい窓を見上げた。北向きのこの牢は、日がかなり昇ってからではないと明かりがささない。薄暗く、冷たく、虫や鼠が隅の方で湧いている。布団なんて高尚な物はなく、石床にじかに転がるしかない。うっすら湿った床は体温をどんどん奪っていくし、ゴツゴツして酷く寝心地が悪い。まだ一晩しか経っていないというのにもう身体の節々が痛む。貧民街の廃屋の方がマシとは、いったいどういうことだ。姿勢を変えようと寝返りを打つと、重たい金属音が耳朶を打った。錆びているのにやたら頑丈な手枷と足枷が、ゼノを牢の壁に繋ぎとめている。精一杯鎖を伸ばし手を伸ばしても、鉄格子までは届かない。
 それを知っているのか、明け方にやってきた騎士は鉄格子のすぐ近くに朝の食事を置いて行った。小さな硬いパンとコップ一杯の水。取りに行こうとしたけれど、手枷のせいであと少しのところでパンに手が届かない。どうやっても届かない。少しでも遠くに手を伸ばせるよう悪戦苦闘を繰り返し、ようやくパンを手にしたころには、手首がすれて痛みを覚えるほどだった。ざらざらした錆が皮膚を苛む。良く見えないが、皮がめくれて血が滲んでいるんじゃないだろうか。それだけ苦労した割に、パンは石のように硬かった。
 二日たった。
 何もない、最悪な居住空間でじっとしていたせいで、本格的に気が滅入り始めていた。
 隣から声は聞こえない。一日目以来、言葉を交わしていない。心細くはあったけど何も話すことがなかったし、陰鬱な気分でそんな気すら起きなかったのだ。といっても何もしなかったわけではなくて、脱出方法を色々思案してみたが、情報も足りないこの状況では、話題に出来るほどの手段は思いつかなかった。
 そうしているうちに、五日たった。
 何時ものように、騎士が食事を置いていく。また鉄格子ぎりぎりのところだ。朝昼晩と鎖との攻防戦を繰り広げているうちに、パンを取るのにすっかり慣れてしまったけど、こんなこと上手くなったところで全く嬉しくない。だが現状を打開する策は見つからない。五日の間、手枷を破壊できないか色々試してみたが、少々錆が取れたぐらいで全く壊れなかった。なかなか準備が整わないのかどうなのか、食事以外はひたすら放置された五日間。そろそろ教会側も何らかのアクションを取って欲しい。
「おい」
 と思っていたら、初めて食事を持ってくる騎士が口をきいた。自分に話しかけたのかと思って、ゼノは鉄格子の方に視線をやる。しかし、そこに騎士はいない。彼が声をかけたのは、隣の牢にいる人物に対してだ。そう、アルベルトに。
「おい貴様、なぜ食事をしない? ここに来てからずっとパンに手を付けていない。このまま餓死でもする気か?」
 何だって?
 聞き耳を立てていると、錠が外れる音と扉が軋みながら開く音がした。騎士が牢の中に入ったのだ。アルベルトは無事だろうか。五日ぐらいなら死にはしなくても、この劣悪な環境の中では衰弱しているのかもしれない。
 隣の牢の様子を窺いたかったが、鎖のせいで鉄格子までたどり着けない。仕方なく、出来るだけ壁によって聞き耳を立てた。もしアルベルトが衰弱していたら、あの騎士はどうするのだろう。あの口ぶりだと死なれては困るようだから、手当ぐらいはするのだろうか。となれば、アルベルトは牢屋から出られるかもしれない? 衰弱しているなら、出たところで何もできないだろうと思って。
 鎧を着こんだ騎士の足音が止まり、「おい」と呼びかける声が聞こえてきた。だが反応はなく、騎士が更に牢の奥へ進む足音がした。そして、
 突然、鎖がこすれ合う音と剣が鞘走る音が響き渡った。



「動くな」
 騎士が腰に帯びていた剣を持ち主の喉元に突き付けて、アルベルトは低く命令した。手枷のせいで腕が自由に動かないから、力加減が難しい。騎士の身体に巻きつけた鎖を解かれないようにきつくすると、剣に力が入りすぎて喉を斬り裂いてしまいそうになる。だが、騎士にはそれが従わなければ首を斬るという意思の表れだと思えたのだろう。先程までの尊大な態度はどこへやら。冷や汗をかいてすっかり怯えた様子を見せた。
「手枷を外せ」
 剣を皮膚に食い込む寸前まで近付けて命ずると、騎士はすぐさま比較的自由な右手で鍵束を掴んだ。いくつもぶら下がった鍵のうちすっかり錆びついた一本を選ぶと、震えながら手枷の鍵穴に差し込んでゆっくりと回す。ガチッと重い音がして、手枷の錠が外れた。両手が自由になった代わりに騎士を拘束する鎖が緩んだが、まだ逃がすつもりはない。左手で鎖を引き、剣を握る手に力を込めた。
「お前には色々と聞きたいことがある。まず入り口まで見張りの騎士は一体何人いる?」
 剣を更に押し当てながら、焦る騎士に問い掛ける。騎士は声を震わせながら、答えた。
「こ、ここからなら十人ほど・・・・・・」
「よし。では俺達の武器はどこにある?」
「そ、倉庫だ。牢の二つ隣の」