Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ
「悪魔憑きが増えているのが本当て、そのためにマティアが出向くほどならば、お前もそっちに回ってくれ」
「なんでおれがそんなことしなきゃならない? 魔女探しを始められたら困るからか?」
心底不思議そうにウィルツはそう言った。どうやら敬謙な信者であるスミルナ市民が相手でも、悪魔祓いをする気はさらさらないらしい。悪魔祓い師としてそれはどうなのだ。
「そうじゃない。スミルナ市民の安全の方が重要だからだ。だが、悪魔祓いに行かないというならそれでもいい。それなら今すぐこの街を調べてくれ」
「はあ? 何を言って――」
「悪魔教徒だ」
その一言に、騎士達がどよめいたのが分かった。アルベルトが志を語った時と同じように、何を言っているのだと言いたげな様子だ。だが先程と違うのは、そこに嘲りがこめられていないことだった。
「悪魔教徒がこの街にいる可能性が高いんだ。お前は俺の能力のことを知っているだろう。スミルナを覆う神の力が揺らいでいる。このままだと悪魔憑きがもっと増える――いや、その程度じゃ済まなくなる。速く見つけないと――マリークレージュと同じことが起きるかもしれない」
アルベルトの訴えに、騎士達は更にどよめいた。信じているというよりは、そう訴える意図が掴めないからだろう。真面目に取り合うには相手が相手だし、嘘だと切り捨てるには真剣すぎる。それで戸惑っているのかもしれない。目隠しされていてイマイチよく分からないが。
だがどよめいている騎士達とは裏腹に、ウィルツは何の反応も返ってこなかった。考えているのか呆れているのか、ずっと黙ったままだ。表情が見れないから何を考えているのか分からないが、さすがに悪魔教徒が絡んでいるとなれば捨て置けないのかもしれない。こいつはいけ好かない奴だが、こればかりは信じてくれたらいいのだが――
錆びついた鉄格子が無情にも閉まる音が、湿った地下室に響いた。
目隠しは牢屋に入れられてからようやく取ってもらえた。無駄に暗闇に目が慣れてしまったので、明かりの乏しい牢の中でも周囲の様子がよく分かる。パッと見まわした限り分かるのは、積もった埃の量からこの牢は長い間使われてなかったのだろうということと、真向いの牢はからっぽだということだ。アルベルトは隣の牢にいるのだろうか。見張りの兵が、遠い入り口の傍にある詰所へ戻ったのを確認してから、ゼノはすぐ近くにいるであろう仲間に話しかけた。
「アルベルト。大丈夫か?」
「・・・・・・ああ」
返事は牢の右手の方から聞こえてきた。音の大きさからして、一つ飛ばした隣の牢にいるらしい。ゼノは出来る限り牢の右端に寄ると、非常に暗い話題ながら確かめない訳にはいかないことをおずおずと口にした。
「えーっと、オレ達は今後どうなるんだ・・・・・・?」
「向こうの準備が整い次第、取調べが始まるだろう。教会はリゼの居場所を知りたがっているはずだ。どんな手を使っても、白状させようとしてくるかもしれない」
それは拷問にかけるというやつですか。そのことを思い当って、ゼノは表情を引きつらせる。決して学があるとはいえないゼノでも、魔女狩りのことはよく知っている。ミガー建国に関わりのあることだからだ。魔女狩りで狩られたのは女の魔術師だけでなく、男の魔術師も魔術師ではない一般人も、アルヴィアから見て異教徒に当たる者は手当たり次第に狩られていった。魔術師達が身を隠すようになると、捕らえた魔術師を拷問して、居場所を自白させていったという。さらには決して少なくない数のマラーク教徒が、嘘の自白や知らずに魔術師をかばったことで捕らえられ、拷問の果てに処刑されたというのだから恐ろしい。慈悲深き神に仕えているという割に、平気で残酷なことをする教会のことだ。どんな拷問をされるか分からない。痛い思いをしなければならないのは勘弁してほしい。第一リゼの居所を吐けと言われても、こっちが教えて欲しいくらいなのだ。
となると、すべきことはただ一つ。ここから脱出することだ。しかし手枷足枷できっちり拘束されている上、牢から、そして教会から脱出する方法など、都合よくあるのだろうか。
「・・・・・・ここから脱出する方法って、なんかある?」
「今、考えてる」
そうですね。その通りですね。一応聞いてみたものの、思った通りの答えが返ってきてゼノは溜息をつく。いくら頭脳面で自分より頼りになるからって、そんな簡単に脱出方法を思い付いてくれるはずがないだろう。期待しすぎだオレ。そう思って、しばらくじっと黙っていたが、そのうち理不尽な現状にふつふつと怒りが湧いてきた。
「しっかしあのウィルツって野郎! むかつくぜ。頭おかしいんじゃねえのか!?」
とても『偉そう』で『異教徒に対してとことん冷酷』。アルベルトが他人を見捨てないことに付け入って脅迫し、罪人だからといって貧民街の連中に嘘をつき、怯えさせて笑っているような奴。しかも悪魔教徒がいるかもしれないことを訴えたら、開口一番「それがどうした」ときたもんだ。「おれには関係ない」ということらしい。いやいやおまえ悪魔祓い師だろう。騎士達も引いてる(気配がする)ぞ!と言いたかったが、その前に無理矢理引っ張られて強制連行されたので、何も言う暇がなかった。悪魔祓い師とまともに相対するのは初めてだが、あんなおかしな奴がいるとは思わなかった。
「・・・・・・ウィルツは昔から少しひねくれてるんだ。さすがに今回のは目に余るが・・・・・・」
「少しなんてレベルじゃねえだろ。教会はなんであんな奴を働かせてるんだよ」
途中で出てきたマリウスという悪魔祓い師は嫌味なだけで特別な害はなさそうだったが、ウィルツはそいつとは全く違う。物凄くいやーな感じがした。貧民街での言動を見れば明白なことだったが、どうもそれだけではない。ゼノの直感が、あいつは関わってはいけない奴だと告げている。ゼノのこういう危機察知能力はキーネスも認めるぐらい鋭敏で、故にあいつには二度と会いたくない。このままでは、きっと顔を合わせることになるけれど。
「優秀なんだ。成績は良くなかったみたいだが、白い炎を操る才覚がある」
二つ隣の牢から、平坦な声が返ってくる。とりあえず言ってみただけで、擁護する気はないのかもしれない。でも、
「才能があっても性格に難ありは問題だろ。退治屋だってヤバい性格してるやつに資格はやらねえぞ。あんなのほっとくほど教会はおかしい奴らばっかりなのか!?」
「それは違う。ウィルツのような人は滅多にいない。ちゃんと普通の、良い人がたくさんいる」
「じゃあなんで周りの騎士達は誰もあいつを止めなかったんだよ」
貧民街で、ウィルツがディックを脅した時のことを思い出す。
「一緒に笑ってるばかりで止めなかったじゃねえか。オレも、おまえも、貧民街の奴らのことも、家畜を見るような目で見ていたじゃねえか」
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ 作家名:紫苑