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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 よくぞ言ってくれましたというように、隣でティリーが何度も頷く。ゴールトンの話の通りなら、正面から殴り込みをかけるのも一苦労ということか。ならどうしろというんだ。
 そう思っていると、不満げな表情のリゼはと裏腹ににやりと笑ったゴールトンが、驚くべきことを言った。
「心配しなさんな。正面から堂々と入る方法はある」



「ふざけるな! 何故ワシがそんなことをしなきゃならん!」
 豪奢な衣装を身に纏った恰幅のいい初老の男は、目の前の小柄な女に唾を飛ばす勢いで怒鳴りつけた。肘掛けを掴む左手は怒りでぶるぶると震え、たった今、上等な樫のテーブルに叩きつけたばかりの拳は固く握りしめられている。低い怒声と重量が生み出す圧迫感、怒りに歪む鬼のような形相を前にしたら、ことさら小心者でなくとも萎縮してしまうだろう。
 が、その剣幕を前にしても、メリエ・リドス市長付き秘書官レーナは笑顔を崩さないままだった。それどころか相変わらず能天気な間延びした声で、初老の男に言う。
「あなたがいつも買った物をこっそり運び込むのに使っている馬車に、この人達を乗せてくれって言っているだけじゃないですかー。あんなに大きい馬車なんですから、三人なんて楽勝でしょ?」
 レーナの態度に、初老の男――出入国審査官ロドニーはわなわなと震えた。あの間延びした口調で言われたら馬鹿にされていると思うだろう。ロドニーは弾かれたように立ち上がると、両手をテーブルに叩きつけた。
「神聖なるスミルナに薄汚いミガー人を入れろと言うのか!」
 テーブルを叩いた衝撃でペン立てが落下し、高級そうな絨毯の上に散乱する。一緒に落ちたインク壺は割れることこそなかったものの、蓋が外れて絨毯に黒い染みを作った。しかしロドニーは絨毯どころではないようで、鼻息も荒くレーナを怒鳴りつける。
「異教徒ごときが調子に乗りおって! お前たちが地獄に投げ落とされずに済んでいるのは神の慈悲によるもの。本来なら神のしもべの国たる神聖なアルヴィアに足を踏み入れることも赦されんというのに、この地で卑しくも小銭を稼げるだけありがたいと思え――」
「あらぁ? そんなこと言っちゃっていいんですかぁ?」
 口調だけは無邪気な風を装って、レーナはロドニーに近寄った。彼女は散乱するペンを飛び越え、インク壺を軽く蹴ってさらに染みを増やしてから、机を回り込みロドニーの左隣で足を止める。そして「よっこらしょ」と言いながらテーブルに腰かけると、内緒話をするかのようにロドニーに囁きかけた。
「ロドニー審査官さん。市長はご存じなんですよ。あなたが美味しい食べ物を食べたいがために、ミガーの高級食材をこっそり買い込んでいることを。司教ともあろう者が異国の穢れた食べ物を食べちゃっていいんですかねえ」
 レーナがそう言うと、ロドニーは図星を付かれたのか動揺を見せた。穢れた異教徒とミガー人を蔑む者も多いアルヴィア人だが、アルヴィアの食料生産量は少なく、一般庶民が口にしている食べ物の大半は実は安価なミガー産だ。しかし、聖職者や貴族は身が穢れるとして、高価なアルヴィア産の食品を口にしている。はずなのだが、
「まあそれはいいんです。アルヴィアのお貴族様はみんなやってますもんね。司教様もやってたっておかしくありません!」
 レーナの言う通りなら、アルヴィアの金持ちがミガーの高級品を食すのは珍しくないことのようだった。異国の穢れた食べ物、のはずなのだが、美食への欲求は抑えがたいようだ。
 要するに、建前だけなのだ。アルヴィアは土が痩せているし、気候も厳しいから一部を除きどうしてもミガーのものに劣る。食品のバリエーションから言っても、美食に向いているとは言い難い。信仰なんて建前で、司教ですら俗な欲求を満たすことを優先しているということだ。ロドニーの場合、ただそれだけではないのだが。
「でも麻薬の件はさすがにヤバいでしょうねー」
 レーナの言葉に、ロドニーは動揺どころではない反応を示した。ほぼ真円に近い顔から血の気が引き、せわしなく視線を彷徨わせている。だがそれに構わず、レーナは話を続けた。
「教会は免罪符の販売を禁止していますよね。でもあなたはこっそり免罪符を売って私腹を肥やしている。これが一つ目。次に、不浄の街メリエ・リドスに住んでいるとはいえ、麻薬の被害にあった人のほとんどはアルヴィア人です。これはヤバいですよねー。なんせあれはアルヴィア人に被害をもたらすもの。あれが蔓延したらアルヴィア全体が大混乱に陥ります。メリエ・リドスから出なかったからいいものの、流出してたら国が崩壊しかねません。あ、実を言うと流出しかけてたんですよ? 市長が止めましたけどね。これが二つ目」
 順番に指を立てながら、レーナは淀みなく話し続ける。
「最後に、この麻薬を入手するために、ミガー人と取引していたこと。審査以外でのミガー人との接触、特に金銭および物品のやり取りは禁止されてますよねぇ。それも違反の刑罰付きで。あんな危険物を、禁止されているにミガー人との商取引をして入手したなんて、とんでもないことですね。不義密通みたいなものですよ! これが三つ目」
 三本指が立ったところで、レーナはテーブルから降りるとロドニーに手を突きつけた。
「さて、この三つの内容を教会が知ったらどう思うんでしょう? いかに汚職が横行する教会といえど、こんなことは見過ごせませんよね? なんたって穢れた異教徒と関係してたんですから。首を切られても文句の言えないことですよ」
 そう言いながら、レーナは右手で首を切る仕草をした。冗談のような動作だが、ロドニーは笑い事ではなかったらしい。あからさまに怯えた顔をした。
「と、いう訳で! ロドニー審査官さん。市長の頼みを断るならこれを教会に送り付けちゃいますよ? バッチリ証拠付きで。さあ、どうします?」
 脅迫じみた――いや実際脅迫だが――要求を突き付けられて、ロドニーは決断しない訳にはいかないようだった。プライドからかしばしの間逡巡していたが、最後には不本意そうに頷いた。
「・・・・・・わ、分かった。そこの三人を馬車に乗せればいいんだな?」
「そうですそうです。最初からそう言えばいいんですよ。何回目ですか? このやり取り。毎回説明するのも疲れるんですよ?」
 レーナは机から勢いよく降りると、後ろで手を組んでロドニーの顔を覗き込んだ。
「やだなあ。そんなに嫌なら最初から麻薬なんかに手を出さなかったら良かったのに。こうなる覚悟もなかったんですか? 裏切り者として火刑になるより全然マシだと思うんですけど。あなたの部下なんて、免罪符の販売(規則破り)をした挙句、麻薬をやって死んじゃったんですよ?」
 にこやかな笑顔のまま、レーナは再びロドニーの耳元に口を寄せる。そして笑顔のまま、獲物を狙う猫のような目で囁いた。
「どうせなら同じ目に会ってみます?」
 その言葉に、ロドニーは太った丸い顔を凍り付かせた。怯えるなどというレベルではない。本気で怖がっている。それぐらい、レーナの言ったことが恐ろしかったらしい。
「冗談ですよー。真に受けないで下さい」