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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 それはアンが持って来た鉄棒だった。アンが逃げる時に放り出していたが、こんなところまで転がっていたらしい。それを持って、リゼは祭壇を背に魔物と対峙した。
 祭壇の前で仁王立ちするリゼを見て、魔物は好機だと思ったらしい。唸り声と共に、凄まじいスピードで突進を繰り出してきた。避ける暇はない。避けるつもりもなかった。
 次の瞬間、両腕に凄まじい衝撃が走った。勢いで背後に吹き飛ばされそうになるが、かろうじて踏みとどまる。
 突進してきた魔物は、見事鉄棒に食らい付いていた。棒は音を立てて変形し、あっという間に噛み千切られてしまう。隙が出来たのは噛み千切るほんの一瞬。だが、その一瞬で十分だった。リゼは鉄棒を放すと、魔物の脳天に全力で剣を突き立てた。
 耳をつんざくような甲高い声で、魔物は啼き喚いた。魔物は喚き、叫び、のたうちまわって暴れ回る。リゼは思わず剣を放しそうになったが、なんとか体重をかけて抑え込んだ。
 脳天を貫いたぐらいで、魔物は死なない。少なくとも首を刎ねなければならない。だが、抑えるのに精一杯で首を刎ねる余裕はなく、こいつを倒すには中の魔物を浄化しなければならなかった。
『消えろ』
 そう囁くと、剣を伝って魔物の中に浄化の力がなだれ込んだ。魔物は痙攣し、その動きを止める。そして大人しくなったそいつの脳天から剣を引き抜くと、一気に首を叩き落とした。
 首を失って、魔物は完全に沈黙した。同時にリゼも疲労から思わず膝をつく。背中は痛いし腕も痛い。血で手を滑らせなかったことが幸いだ。
「ソフィア殿! 大丈夫ですか!?」
 痛みに耐えていると、どこかに隠れていたらしいアンが駆け寄ってきた。彼女はリゼの怪我を見て息を飲み、顔色を変える。
「酷い怪我! すぐに手当を」
 背中のはともかく、ここまで怪我をする羽目になったのは誰のせいだと言いたいところだったが、面倒なのでやめておいた。
「いい。それより、あいつは?」
 アンの手を振り払い、リゼは立ち上がって剣を構えた。あいつは、リリスはどこへ行った。姿が見えない。もう一度魔物を呼ぶか、それとも奴自身が何かしてくるかもしれない。
「どこにいる! 姿を現せ!」
 声は礼拝堂の中に響き渡り、わずかに反響する。しかし、答える声はない。返ってくるのは静寂のみ。奴の姿も見えなかった。逃げたのか。それとも、
 その時、笑い声が聞こえた。幼子の無邪気な笑い声が。
 ――やだあ、お姉さんったら怖い。あたしの玩具を壊しちゃうなんて。お気に入りだったのに、あたし悲しい。
 にやにや笑いが容易に浮かぶような声でそう言い、最後にはしらじらしい泣き声まで上げている。うっとうしい。
「なにが玩具だ。魔物が玩具なんて悪趣味にもほどがあるわ」
 ――魔物だけじゃないわ。この町はあたしにとって最高の玩具だった。一度そこのお兄ちゃん達に壊されちゃったけど、もう少しで元に戻るところだったのに、お姉ちゃんが邪魔をするからぁ。
「悪魔憑きが搾取される地獄がお気に入りの玩具? ふざけてるわね」
 ――だって好きなんだもん。だからもっと遊びたかったのに。
 そうして、駄々をこねる子供のようなことを言いながらリリスは不気味に笑った。
 ――ねえ知ってる? この町の始祖のバノッサのことを。
 唐突に、リリスはそう言った。
 ――バノッサは罪人をも受け入れて、勤労と禁欲を美徳とする悪魔憑きの互助会を作り上げた。例え悪魔から救われなくても、最低限生きていける環境を与えられたことで、罪人達は感謝していたそうね。
 ――でも、最後に彼らは何をしたと思う?
 ――バノッサを、毒殺したの。
 そこで、リリスは楽しげに嗤った。
 ――晩年、バノッサは自分を異端として排斥した教会への憎しみを募らせていった。いつか見返してやる。自分の主張を受け入れさせてやる。真に神の意志を理解しているのは誰か、思い知らせてやる。そうすれば、教会も己の過ちに気づき、その力を真に必要な者へと使うだろう。口癖のように、そう繰り返していたそうよ。
 ――その憎しみの苛烈さに、悪魔憑き達は恐れたの。彼らだけじゃない。バノッサの弟子も、同志達も。いつかバノッサは教会と事を構えようとするのではないかと。異端とされて教会を飛び出し、何もないところから町一つを作り出したバノッサが、年寄りの戯言で終わらせるはずがない、と。
 ――だから彼らは、バノッサを殺した。
 ――自分達の生活の安寧のために。何も改善しない。何も生み出さない。この淀んだ状態を維持するためだけに。
 ――ねえ、この終わりしかない場所を守るために恩人を殺すなんて、人間って身勝手よね?
 同意を求めるように語りかけるリリス。しかし、こんなやつに同意をくれてやるわけがない。そもそも、話を聞くのも時間の無駄だ。リゼは声のする方向めがけて、怒気を隠さず言った。
「戯言は聞き飽きた。さっさと姿を現しなさい」
 ――いやぁよ。あなた怖いから。この町(玩具)にも飽きちゃったし、あたしお家に帰る。
 ――でも、また会おうね? そして次こそ、
 ――死んでね。
 それを最後に、リリスの声と気配はふっつりと消え去った。
 しんとした静寂が部屋の中に降りた。魔物の気配も悪魔の気配も感じられない。とりあえず、危機は去ったらしかった。
 眩暈で倒れそうになりながらも、リゼは何とか踏みとどまった。ともかく、傷の手当てをしなければ。リゼは祈るように手を組んで立ちすくむアンに視線を向けて言った。
「アン」
「は、はい!」
「薬と包帯」
「はい!」
 そう言って、アンは部屋を飛び出していった。思えば、最初から薬を取ってくるように頼めばよかったのかもしれない。そうすれば魔物との戦いを邪魔されることはなかっただろう。
 ともかく、薬と包帯を探すのにどれだけ時間がかかるかわからないが、時間がかかってくれるとありがたい。余計な説明をせずに済む。
 リゼは剣を収めると、倒れ伏したままのクリストフの元に駆け寄った。彼は自身の血で衣服を赤く染め、ぐったりと横たわっている。顔は血の気が引いて白く、出血の多さを物語っていた。しかし、まだ死んではいない。傷は深いが、まだ間に合う。
 リゼはクリストフの傍らに屈み込むと、傷口に手を当てた。目を閉じ、意識を集中させる。魔力の風が、周囲に渦巻いた。
『生命の息吹よ、ここに集え。その輝きで彼の者を救え』
 温かい光が掌から降り注ぎ、血を止め、傷口を塞いでいく。術を掛けながら、リゼは呟いた。
「テオは悪魔憑きが癒されることを嫌がったんじゃない。今後この町を訪れた悪魔憑きが、あなたに悪魔祓いを迫るであろうことを心配していただけ」
 分かっていると思うけど、と言ったが、クリストフは無言のままだった。しかし、リゼは構わず話し続けた。
「悪魔憑きを癒したことを間違ってるとは思わない。でも、あなた達には悪いことをしたと思ってる。今後、困るのはあなただから」
 傷がほとんど癒えたところで、リゼは術を止め、立ち上がった。痕は残っているが、数日もすれば目立たなくなるだろう。
「あなたは大丈夫そうね。残りの手当はアンにしてもらって」