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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 それから、リゼはすぐ近くに倒れている男に目をやった。こちらは悪魔祓いの影響で眠っているだけだ。放っておいて問題ない。それよりもずっと重傷な人物がいる。リゼは自身の傷の痛みに顔をしかめながら、早足でテオの元へ駆け寄った。
 テオはクリストフ以上に血まみれだった。リリスのせいで、顔面も酷いことになっている。だが血はすでに止まって、半分乾きかけていた。
「テオは・・・・・・」
「安心して。生きてる」
 最初に掛けた癒しの術のおかげで、一命は取り留めたらしい。リリスは気づかなかったのかどうでもよかったのか知らないが、止めを刺されなくてよかった。
 念のためテオに癒しに術を掛けてから、リゼは礼拝堂を見て回った。やはりリリスの姿はない。完全に、ここから去って行ったようだ。
 リゼは礼拝堂の隅に行くと、柱の陰の適当な場所にナイフで魔法陣を掘り込んだ。こういうのは得意ではないし、礼拝堂内に描くべきものではないのだが、まあ悪魔除けぐらいにはなるだろう。こんなもので埋め合わせになるとは思っていないが、ないよりはマシだと思いたい。
 それから、リゼが礼拝堂の扉へと向かった。扉の前まで行くと、クリストフが静かに問いかけた。
「・・・・・・どこに、行くのですか」
「言ったでしょう。剣は返してもらった。だからこの町を出る」
 アルベルト達を探し、改めてシリルの行方を追わなくてはならない。それに下手に長居したら、あのリリスとかいう奴が仕返しをしてくるかもしれない。そうなる前に、バノッサを離れた方が良いだろう。リゼは礼拝堂の扉に手をかけて、少し考えてから振り返った。
「噂を聞き付けて、今後この町に悪魔憑きが大勢やってくるかもしれない。でもずっとここに留まって、悪魔憑きを癒し続けることは出来ない。勝手なことをして、勝手に出ていくことになるのはごめんなさい」
 クリストフは静かにリゼの言葉を聞いていた。リゼが悪魔祓いの術を使ったことを彼がどう思っているのかは知らない。恐れているのか当惑しているのか、それは分からないが、説明を求められないのをいいことに、リゼはクリストフに背を向けた。
「でも、きっといつか、私がこの世の全ての悪魔を滅ぼすから」
 そうすれば、悪魔に取り憑かれる者はいなくなるから。
 リゼが礼拝堂の扉を開いた時、クリストフが静かに問いかけた。
「あなたは一体何者だ?」
 リゼは扉から手を放して振り返った。
 礼拝堂の中は暗く、蝋燭の明かりが頼りなく揺れている。月明かりはなく、かすかな星明りだけが窓から降り注ぎ、祭壇を照らしている。光に照らされて浮かび上がる十字架。その背後には、誰が描いたものなのか、天から下る神の子が悪魔を光の槍で討つ絵。
 現実では何の役にも立たない神の子と、それに滅ぼされる悪魔の姿。
 リゼはクリストフの方を向き、そして答えた。
 自嘲するように。
「魔女よ」



「これでようやく出発出来るな!」
 少ない持ち物を整理しながら、ゼノ・ラシュディは勇んで言った。
 ゼノがいるのは、ある街の隅にある今にも倒れそうな廃屋の中だった。床はなく、地面は剥き出し。故に寝ていると地面からじかに冷気が伝わってきてとても寒い。窓枠はあるがガラスはないし、風が吹き抜けるたびに小屋全体がギシギシ鳴る。そんな場所であるが故に、お世辞にも快適とは言えなかったが、一週間ほど世話になると、不思議と愛着のようなものが湧くものだとゼノは思っていた。もちろんもっと泊まりたいかと聞かれたら、速攻でいやいいですと答えるが、それとは別に、長く一か所に留まると馴染んできて、出発するとなるとほんのちょっぴり名残惜しさが湧いてくるのだった。本当に、ほんの少しだけだけれども。
 そもそもこんな廃屋に一週間も泊まることになったのは、悪魔教徒を追いかけて船上で戦った後、マストが倒れた衝撃で吹っ飛ばされて海に落ちたせいだった。それも、奇跡的に無事だったボートを運よく見つけられて溺死を回避できたのは良いものの、嵐と潮流のせいで追跡艇にも戻れず、そのまま漂流する羽目になった。終始曇り空で方向もろくに分からず、潮の流れに逆らうこともできず、内海を漂流すること数日間。普通の船でも転覆するような嵐が多発する割に、漂流中の天候はさして悪くなかったのは僥倖だったが。よりによって、ようやくたどり着いた場所が悪かった。
 北の方を見ると、白い壁で囲まれた白亜の建物が目に入った。外壁にはたくさんの彫刻が施され、尖塔は天高く空に伸び、てっぺんの十字架が陽光を受けて光っている。巨大な円形の窓には色鮮やかなステンドグラス。周囲には小型の尖塔がいくつも立てられ、中央の建物とアーチで繋がっている。それもまた細かい装飾が施されていて、あれを作った建築家はとにもかくにも模様をつけないと気が済まない病気にでもかかっていたのだろうかと思うほどだった。ミガー王都の王宮とて派手で凝った造りだが、あそこまでではない。アルヴィアの教会の趣味は、全くよく分からなかった。
 数日間の漂流の後に辿り着いたのは、あろうことかミガーではなくアルヴィア帝国、それも神聖都市スミルナだった。正確には流れ着いたのは貧民街の方で、スミルナの敷地外ではあるのだが、教会はほぼ目と鼻の先である。せめてすぐ近くのメリエ・リドスに着ければよかったのに、何の因果かこのざまだ。運がいいのか悪いのか分からない。
 と、貧民街の着いた直後はそう思ったのだが、実際の状況はそれほど悪くなかった。貧民街の人達は漂着したゼノとアルベルトを快く迎え入れてくれて、宿まで提供してくれたのである。宿といっても廃屋だったが、雨露を凌ぐには十分で、二人はありがたく使わせてもらうことにした。財布をひっくり返して食料を手に入れることもできて、漂流で疲れ切った身体を休ませることもできた。
 だが、こんなところでゆっくりしている場合ではなかった。速くシリルを探しに行かなければならないのだ。
「昨日話した通り、まずはメリエ・リドスに行く。それでいいか?」
 すでに出発の準備を終えていたアルベルト・スターレンが確認するように言った。それに対し、ゼノは首肯する。
「俺達二人だけじゃシリルを助けられないもんな。まずは皆と合流だ」
 内心では、今すぐにでもシリルを探しに行きたい。だが船上での悪魔教徒との戦いから、一人二人ならいざ知らず、何人も来られたらたった二人では太刀打ち出来ないだろう。猪突猛進するきらいのあるゼノも、さすがにまず仲間と合流する方が合理的だと思ったのだ。
 といっても、アルベルトに説得された結果ではあるが。
「じゃあ行こうぜ! ――あ、でもその前に、ディックさんに挨拶とお礼をしとかないとな」
 ディックはゼノとアルベルトにこの廃屋を提供してくれた人である。悪魔憑きの親を抱えているにも関わらず、何かとゼノ達に便宜を図ってくれた。おかげで随分助かったので、出来る限りお礼をしたいところだ。といっても、所持金は残りわずかなので、大したことは出来ないのが悔やまれるが。
「そうだな。今なら家にいるだろうし、行こうか」
 そう言って、アルベルトは廃屋の扉へ向かう。ゼノも荷物を背負いなおすと、アルベルトの後に続いた。