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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 倒れたクリストフの背後から現れたのは、小さな子供だった。結っていない金髪がさらさらと揺れる。両手は血で塗れ、どこで手に入れたのか手と同じく赤く染まったナイフを握っている。小さな顔に表情はなく、無感動にクリストフを見下ろしていた。
「ララ・・・・・・?」
 倒れたクリストフは茫然とナイフを握る妹を見つめた。兄に名を呼ばれて、ララは血まみれのナイフをおろす。そして唐突ににっこりと笑った。
 幼子にはあり得ない、ぞっとするような笑みを浮かべて。
「残念! あたしはララじゃありませーん! あたしはリリス。ララなんて間抜けな名前じゃないの!」
 少女特有の高い笑い声が礼拝堂に響き渡った。しかしそこに子供らしい可愛らしさはない。子供を装った大人の嘲笑だった。
「ララじゃ・・・・・・ない・・・・・・? ララは・・・・・・? 妹はどこに・・・・・・!」
 血を流し、息も絶え絶えになりながら、クリストフは言った。それに、リリスは笑いながら答える。
「ララはもういないわ。この世のどこにも、ね。本物の妹が死んだことにも気付かない。悪魔憑き(死にぞこない)どものことばっかりの、酷いお兄ちゃん」
 そう言って、リリスはより一層けらけら笑う。一見無邪気ながら、多分に毒を孕んだ笑み。リリスは一しきり笑うと、倒れ伏したまま動かなくなったテオを見下ろした。
「でもテオお兄ちゃんはおかしいと思っていたみたいね。時々、あたしを見る目が怖かったもん。でも結局最期までばれなかったわ。あんな無防備な背中さらしちゃって」
 笑いながら、リリスはテオの顔を蹴とばした。衝撃で鼻が折れ、血が飛ぶ。しかし、当然、テオはされるがままだ。それにリリスは調子に乗ったのか、そのままテオの顔を踏みつけようとした。
 その直前、走り寄ったリゼが素早く剣を振るった。容赦はしない。ほとんど首を取るつもりだったが、リリスは幼子とは思えない身軽さで後ろへ下がり、剣は空を切った。
 リゼは素早く体勢を整えると、リリスに刺突を放った。剣先は回避行動をとったばかりで動けないリリスを捉え、その頭部を貫こうとする。しかし、それは目に見えない障壁にぶつかり、いとも簡単にそらされてしまった。
 剣が弾かれる火花が散るような音と共に、リゼはリリスから距離を取った。
「あんた、何者? ただのガキじゃないわね」
 そう問いかけると、リリスは薄気味悪い微笑みを浮かべた。
「あたしね。ずっとこの町のことを見てたの」
 リリスはリゼの質問には答えず、一人語りを始めた。
「前のおじさんが神父だった時、この町は素敵な町だった。真っ暗で、冷たくて、絶望で覆われていた。教主のおじさんは欲望で肥え太ってて、食べ頃の豚みたいだった。おじさんの側近以外はみーんな搾取されて鶏ガラみたいだったけど、恨みをたっぷり蓄えていた。なのに、お兄ちゃんがおじさんを追い出して教主になってから、この町は変わっちゃった。あたしは前の素敵な町が大好きだったのに。仕方ないから、元に戻そうと頑張ってたの。お兄ちゃんが余計なことをするのが悪いのよ」
 むくれながら言って、リリスはクリストフをせせら笑った。
「真の信仰心があれば、悪魔に打ち勝つことができる。なーんて馬鹿みたいな話、素直に信じるんだから、やっぱりマラーク教徒は頭悪いわ。悪魔に取り憑かれたら悪魔祓い師以外どうすることもできないってこと、常識でしょうに。祈るだけで神が救ってくれるわけがない。ううん、祈るなんてちゃちなやり方じゃダメ。救われたいなら全部捧げなきゃ」
「・・・・・・贅沢はしない。必要最低限の物しか食べない。身につけない。恋情は穢れ。勤勉は美徳。娯楽は悪魔の誘惑。隣人を愛し、持つ者は持たざる者に施し、一切の欲を絶って身を清廉に保ち、神に祈りを捧げる――ここまでやっても全てを捧げたとは言わないと?」
「ダメ。だって彼らは悪魔祓い師を否定しているでしょ? 神とその代理人たる教会の言葉に異を唱えているのに、全てを捧げてるなんて言えないわ」
 教会の言葉に異を唱えるな。一切否定するな。そうでなければ、全てを捧げているなんて言わない。
 それが信仰か? 間違っていると気づいても、理不尽だと思っても、否定しないことが?
 そんな都合のいいこと、信仰じゃない。
 それは盲信だ。
「そうやって信者を奴隷にするわけ? 都合がよすぎるわね」
「都合がいい? 違うわ。これは当たり前のことなの。神の信じる者の義務。義務を果たしていないのに加護を求めるなんて我儘よねえ」
 リリスは嗤い、そして言った。
「あたしはあたしの“神”に逆らったりしない。殺せと言われたら殺しましょう。死ねと言われたら死にましょう。我が“神”――偉大なる魔王(サタン)様のためならば」
 我が神、魔王(サタン)?
 そうか。こいつは。
「・・・・・・悪魔教徒」
「そう、あたしは“魔女”。マラーク教徒にとって唾棄すべき存在。あなたと同じね」
 親しみのこもった口調でリリスは言った。魔女。悪魔の力で人に害なす者。あのぞっとする悪魔の気配は、こいつから発せられていたのだ。悪魔に取り憑かれた悪魔教徒であるこいつから。
「私と同じ? あなたと私は同じじゃない。そのことを喜んだ方がいいわ」
 吐き捨てるように言うと、リゼはリリスに剣の切っ先を向けた。
「来なさい。あんたが悪魔憑きの悪魔教徒なら、あんたの中の悪魔を消し飛ばしてあげる。そうすれば、あんたは子供の姿をしたただの魔術師になるわね」
「怖い人だなあ。だからあなたには死んで欲しかったのに。毒の量が足りなかったかしら。味ですぐばれちゃうけど、ちょっとでも飲み込むと死んでしまう強力な毒なのに」
「残念だったわね。身体がちょっと丈夫なの。それに、治す手段もある。飲み込んでいたら危なかったけど」
「ふーん。毒殺するなら即死するような量じゃないと駄目ってことね。面倒だなあ」
 呑気な口調でとんでもないことを語るリリス。その顔面に、リゼは再び刺突を叩き込んだ。しかし、切っ先はリリスに届く前に不可視の壁によって弾かれ、そらされる。それに舌打ちしていると、リリスはくすくすと笑った。
「ごめんね。あなたの相手は面倒だから、あたしの代わりにこの子にしてもらうわ」
 そういうと、リリスは右手を前へ水平に伸ばした。人差し指を出し、空中に指で円を描くような仕草をする。そして指が一周すると同時に、リリスは呟いた。
「おいで」
 その瞬間、リリスが円を描いた場所に真っ黒な穴が出現した。穴は血の色の火花を散らし、風を吸い込んでいく。その中から、鋭い爪の生えた黒い手がぬっと現れ、穴の縁をつかんだ。
 穴から這い出してきたのは、一匹の魔物だった。膨れた胴体。奇妙に長く細い手足。顔らしき部分はつぶれ、眼球だけが妙に飛び出している。節くれだった長い指には鋭い爪。口には牙が並んでいた。
「こいつ、メリエ・リドスで・・・・・・」
 魔物の姿を見て、リゼはそう呟いた。この魔物を知っている。メリエ・リドスの麻薬密売人のアジトで遭遇した魔物だ。そいつをリリスは召喚し、かつ使役している。
『麻薬を製造し、アルヴィアにばらまいているのは、悪魔教徒なのです』