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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 しかし、四人目の姿を探している暇はなかった。奇声を上げながら悪魔憑きの男がつかみかかってきたのだ。後ろに下がってそれを避けると、男は勢い余ってよろめき転んでしまう。しかし男はそのままリゼを無視して、その先にいたテオの元へ向かった。
 男の目的が自分だと知って、テオは一瞬戸惑ったらしい。迷ったように辺りを見回していたが、すぐ何かを思い立ったように男に背を向けて走り出した。その後を、悪魔憑きの男が奇声を上げながら追いかける。テオの逃げる先には、クリストフが黒い靄を纏わせ、ぼうっと立ち尽くしていた。
 テオの意図を理解したリゼは、すぐにクリストフの元へ向かった。複数人の悪魔祓いをするためには、当然のことながら、悪魔憑き達が同じ場所にいる方がやりやすい。クリストフと悪魔憑きの男。テオは二人を一か所に集めようとしてくれているのだ。
 しかしその時、クリストフは走り来るテオに向けて、右手を差し出した。右手に収束していくのは黒い靄とクリストフ自身の魔力。二者は交じり合い、人の頭ほどある球体を作り上げた。狙いは、テオだ。
 テオはそれに気づいたが、今さら方向転換は出来なかった。彼が方向を変えようとしたとき、球体から黒い波動が迸る。そのまま波動はテオを吹き飛ばそうとしたが、その前にリゼが割り込んで、剣に魔力を集中させた。
 剣に集まった魔力は楯のように広がって、黒い波動を弾き、そらした。波動は柱の一本にぶつかって、中央の部分を消し飛ばす。第二波がないことを確認したリゼは、すぐに身を翻してしゃがみこんだテオを飛び越えると、後ろから迫ってきた悪魔憑きの男の背に蹴りを食らわせた。男はもんどりうって吹っ飛び、クリストフの近くに倒れ伏す。間髪入れず、リゼは悪魔祓いの術を発動させた。
 二人の悪魔憑きの足元に、魔法陣は広がった。現れた光の帯が二人を捕らえ、体内の悪魔を縛り上げる。悪魔憑き達は苦しみ、魔法陣の中で膝をついた。
「た・・・・・・すけてくれ・・・・・・!」
 光の中で、クリストフはそう言って手を伸ばした。その先にいるのはテオだ。兄が助けを求めているのを見て、テオは驚きながらもふらふらと前へ出る。
「兄貴・・・・・・?」
「惑わされないで。あれは悪魔がやってるのよ」
 クリストフに近づこうとしたテオに、リゼは叱責を飛ばす。悪魔祓いの術中にあっても、しぶとく抜け出そうとする悪魔はいる。そういう時、悪魔はああやって、宿主とは別の人間を誑かそうとするのだ。
「失いたくない・・・・・・この力があれば・・・・・・救うことが・・・・・・」
 切れ切れに呟きながら、魔法陣の外に出ようとするクリストフ。しかし、外には出られない。魔法陣から立ち上る光の壁に縋り付き、助けを求めて弟に手を伸ばす。しかしテオはそれに応えることなく、静かに言った。
「兄貴、その力じゃ救えないよ。その証拠に、その人は悪魔に取り憑かれて苦しんでる」
 するとテオの言葉が届いたのか、クリストフは焦点の定まらない目で傍らで呻く悪魔憑きの男を見た。たった今、その男の存在に気付いたとでもいうように。
 今の今まで、その男の存在を信じたくないがために知らないふりをしていたとでもいうように。
『――疾く去り行きて消え失せよ』
 最後の文言と共に、悪魔祓いの術が完成した。眩い虹色の閃光が迸り、二人の男の体内に居座る悪魔をあぶりだしていく。黒い靄が立ち上り、悪魔憑きの身体を離れ、光の檻の中に蟠った。
 だが悪魔はしぶとかった。浄化の光に囚われてもなお、そこから抜け出し、宿主の元へ戻ろうとする。黒い波動を纏わせ、浄化されるまいと抵抗した。
 その上、それに応えるように、クリストフは真上の悪魔に手を伸ばした。まだ悪魔祓いの力を求めているのか。そんなものはないのに。
「クリストフ!」
 術を強めながら、リゼは叫んだ。
「いい加減にしろ! その力で悪魔憑きは救えない!」
 その瞬間、クリストフは手を止めた。悪魔はそれを嘆くように、光の檻の中で蠢動する。さらには術を破壊しようと黒い波動を迸らせたが、そうはさせじと、リゼはさらに魔力を集中させた。
『消え失せろ!』
 高められた魔力が波動を打ち消した。悪魔祓いの光は悪魔を取り囲み、縛り上げて浄化していく。そして次の瞬間、悪魔は断末魔の悲鳴を残して、完全に消滅した。
 光は消え、礼拝堂に再び静寂と暗闇が残った。どこにも悪魔の気配がないことを確認し、リゼは安堵のため息をつく。
「兄貴は・・・・・・?」
「無事よ。そこの人もね」
 不安そうなテオにそういうと、彼は安堵したらしい。ほっと胸をなでおろし――すぐに不思議そうな顔で、リゼを見つめた。
「でも、あなたはどうしてそんな力が・・・・・・?」
 さあ、どうやって説明しよう。何かしら言われるのは覚悟の上だが、正直に説明した方がいいのかどうか。なんにせよ、テオは怒るだろうけれど――
 その時、不意にぞっとするような気配を覚えた。悪魔は祓ったはずなのに、強力な悪魔の気配がする。すぐ近く、この礼拝堂の中に。それに気づいて、リゼは再び剣を構えた。
 すると突然、テオが目を見開いて硬直した。
 糸が切れた人形のように、テオは床に倒れ伏した。苦しげに呻き、痙攣している。その背中には、何かが刺さっていた。
「テオ!」
 驚いて駆け寄ると、テオの背に刺さっている物が何か分かった。包丁だ。それも、根本まで深々と刺さっている。テオの後ろには誰もいなかったから、投げナイフの要領で包丁を投げたのだろう。でも、一体誰が・・・・・・
 小さく術の文言を唱えながら、周囲に視線を巡らせる。テオの背後の空間はすでに何の人影も気配もない。包丁を投げた奴は、もうどこかに移動しているのだ。礼拝堂を支えるいくつもの柱。そのうちの一つに、奴はいるはず。
 不意に、右手から不気味な気配が流れた。反射的に剣を翳すと、飛来した細長い物体が剣に弾かれて落下する。落ちたものに視線を向けると、それは使い古された果物包丁だった。調理場からくすねてきたのだろうか。古ぼけているとはいえ、きちんと手入れがされてあるため切れ味は鋭い。すぐに包丁が飛んできた方向を見たが、そこには誰にもいなかった。
「テオ・・・・・・」
 はっとして振り返ると、目を覚ましたクリストフが立ち上がろうとしているところだった。彼の視線は弟に向いている。その瞳に先程までの狂気はなく、心の底から弟を案じ、焦り、最悪の事態を恐れている。しかし、
「クリストフ! 伏せてろ!」
「え・・・・・・」
「どこかに隠れて伏せてろ! テオの二の舞になる!」
 クリストフは混乱していたのだろう。悪魔に取り憑かれ、悪魔祓いの力は偽りのものだと分かり、悪魔は祓われたものの今度は弟が突如負傷して倒れた。その状況が、彼の判断力を鈍らせてしまったのだろう。茫然と立ち尽くしてしまったクリストフ。リゼは仕方なく、彼の元に駆け寄ろうとした。
 だが、遅かった。立ち尽くしていたクリストフが、リゼが向かう前に呻き声をあげて崩れ落ちたのだ。同時に流れ出たぞっとするような気配に、リゼは反射的に足を止める。今度は気配の源を探す必要はなかった。それは、すぐ目の前に現れたからだ。