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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「違う。その人を殺すつもりなんて欠片もないわ。もっと別の、重大なことよ。あなたの兄は――」
 悪魔に取り憑かれているのだ。悪魔祓いの力は偽物なのだ。そう言って、クリストフは納得するだろうか。おとなしく悪魔祓いを受けるだろうか。テオは納得するかもしれないが、クリストフはそれでもいいと悪魔祓いを拒否するのではないか。例え悪魔の力でも、悪魔憑きを救えるならそれでいいと――
「テオ。やはりお前が、ソフィアさんに毒を盛ったのか」
 不意に、クリストフが静かに言った。何故今その話を? 突然のことでリゼは面食らい、掛ける言葉を失ってしまう。しかしそれ以上に、兄に疑惑を向けられたテオは狼狽え、驚きの表情を見せた。
「違う! 僕は毒を盛ってなんていない! 兄貴、信じてくれ! そんなことは考えたこともないんだ!」
 首を振って、テオは必死に否定する。だがクリストフに信じる様子はない。
「なら何故自分の責任だなんて言った? 何故自分を恨めと言ったんだ」
 と、厳しい口調で問い詰める。テオは兄に信用されていないことを悲しみつつも、呟くように答えた。
「ソフィアさんが兄貴を殺すんじゃないかと思ったんだ・・・・・・毒を盛られたのを、兄貴の指示だと思い込んだんじゃないかと・・・・・・」
「毒を盛ったのを、俺のせいにするつもりだったのか」
 思いがけないことを言われて、テオの顔からさらに血の気が引いた。
「違う・・・・・・なんでそう思うんだ? そんなことは言ってないのに!」
 否定するが、クリストフは無言のまま、冷ややかな目でテオを見下ろしている。それは、弟を見る兄の目ではなかった。
「どうやって地下から抜け出した。誰の手引きだ」
「手引きだなんて。ララが僕を呼んだんだ。鍵も開けてくれた! 兄貴の身が危ないからと・・・・・・」
「ララを利用したのか。あんな幼い子を、騙して鍵を取らせたのか!」
「違う! ララは兄貴を助けたがってた。一人じゃできないから、僕を頼ってきただけだ。利用してなんていない」
「嘘を言うな。お前がそう思うよう仕向けたんだろう」
 会話になっていない。クリストフはテオが悪いと思い込んで、弟の全ての発言を曲解し、こじつけている。
「お前は悪魔憑きがどうなってもいいんだろう。悪魔憑きが目の前で苦しんでいても平気なんだろう。お前は――」
 ぶつぶつと呟きながら、クリストフは弟を睨む。その瞳は冷たく、怒りと憎しみを宿していた。それだけではない。悪魔憑きであることを示す赤い色が、彼の茶色の瞳を覆い尽くそうとしていた。
 悪魔は甘言を囁き、人の心に毒を吹き込む。信頼には疑惑を。愛には憎しみを。甘言に囚われた人間には、親しい者の言葉すら届かない。
 悪魔はそうやって、取り憑いた人間を孤独に追い込むのだ。
「テオ。聞いて」
 硬直しているテオに、リゼは囁きかけた。彼は夢から覚めたように、はっとして顔を上げる。
「落ち着いて聞いて。今、あなたのお兄さんは悪魔に取り憑かれてる。あなたの話を聞かないのも、悪いと決めつけているのも精神汚染が進んでいるせい。だから何を話しても無駄だし、真に受けない方が良い」
「・・・・・・! そ、それは本当なのか・・・・・・?」
 リゼの言葉に青ざめて絶句するテオ。彼の問いかけにリゼは頷いた。テオはさらにクリストフの瞳の色を見て、それが嘘でも夢でもないことを理解したらしい。愕然とした様子で呟いた。
「一体いつから?」
「たぶん悪魔祓いが出来るようになった時。つまり今日の昼間よ。クリストフは天啓を受けて悪魔祓いの力を授かったと言っていた。でも本当は天啓なんかじゃなかった。彼に囁きかけたのは神じゃない。悪魔よ」
 あるいは、以前から取り憑かれていて、今日になって悪化したのかもしれない。悪魔祓いが出来ないことを思い悩み、力を持たない自らを責めたために。悪魔はその負の感情に、弱った精神に引き寄せられ、これほど速くクリストフを蝕んだのかもしれない。
「でも、兄貴には神から授かった聖なる力があるはずだ。なのになんで悪魔に取り憑かれてしまったんだ・・・・・・?」
「いいえ、あれは聖なる力なんかじゃない。マラークの神とは関係ない、生まれつき備わった能力よ。――お隣の国に行けばいくらでも見られる類の、ね」
 その言葉の意味を、テオは理解したのだろうか。彼ははっとして、兄を凝視した。
 悪魔祓い師が悪魔に取り憑かれたなんて話は聞かないから、神から聖なる力を授かっていれば、悪魔に取り憑かれることはないのかもしれない。だがクリストフの力は神の力ではなく魔力だ。クリストフの魔力で悪魔憑依は防げない。
「テオ、お前はどうしてあんなことを・・・・・・」
 よろめくように一歩前へ出たクリストフの周りに、黒い靄が現れる。思ったより悪化のスピードが速い。急がなければ。
「悪魔に取り憑かれたなんて、それじゃどうしようも・・・・・・」
「諦めるのは速いわよ。まだ彼を助けられる。悪魔を祓いさえすればね。悠長に祈ったって救われない」
 クリストフに悪魔祓いの術は使えない。しかしリゼには出来る。これで彼を救える。不確実な祈りではなく、確実な魔術という力で。
「どうすればいい?」
 隣で、テオはぽつりとそう言った。
「僕はどうすればいい? 何を手伝えばいい? どうやったら兄を救える?」
「そうね。クリストフが逃げようとしたら阻止して」
「わかった」
 どうして悪魔を祓えるんだ、とは訊かなかった。訊いている場合ではないと思ったのかもしれない。テオは身構えると、兄の様子をうかがった。
 しかしその時、テオの背後に人影が忍び寄った。重そうな椅子が脳天に振り下ろされる前に、彼の腕をつかんで引き寄せる。椅子は床に激突して、木片を散らしながら半壊した。
「こ、この人は・・・・・・!?」
 立ち上がりながら、自分を襲った男を見たテオは、驚いて息を飲んだ。
 襲撃の犯人はあの悪魔憑きの男だった。ただ男の外見は、朝方見た時より大きく変わっている。肌は青白く、ますます痩せこけ、異様な雰囲気を纏っている。見開かれた両の目は赤く染まり、千鳥足なのに重量のある礼拝堂の椅子を片手で軽々と持ち上げていた。
「この人、悪魔は祓われたんじゃ・・・・・・」
「いいえ、たぶんそう見えただけ。この人自身も祓われたと錯覚しただけ。この分だとむしろ悪化しているわね」
 クリストフの悪魔祓いが一体どんな様子だったのか分からないが、普通の人に悪魔は見えないし感じられないのだから、一見して普通の状態になれば治ったと思うだろう。一時的に抑え込んだのか、それとも暗示をかけたのか、取り憑かれている当人ですら治ったと思ったのだ。しかし実際は、より悪魔憑きが進行してしまったようだ。
 それにしても、暴れて悪魔祓いを邪魔されては困るから部屋の閂を掛けたのに、どうして出てこれたのだ。物音がしなかったから、無理矢理開けたのではない。どうやら閂が外されているらしい。一体誰がやったのだ。今この礼拝堂には、この男以外三人しかいないのに。