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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 異変を感じて、リゼは薬湯を吐き出した。
 喉の奥で生じた異変に、リゼは何度も咳込んだ。喉が、内臓が焼けるように熱い。何だ。何が入っていたんだ。薬湯は不味いだけで、こんなことは起こらないはずなのに。
「ソフィア殿!? どうしたのです!? 何があったの!?」
 アンの叫ぶような声が頭に響く。うるさい。叫ばないで。生理的な涙で滲む視界の中、アンを無視して手探りでベッドサイドの水差しを引ったくる。そして、中になみなみと水がくまれているのを確かめると、こぼれるのも構わず水を口に含んだ。薬湯の椀の中に吐き出すと、わずかに血の混じった液体が椀の中で揺れる。薬湯の味がなくなるまで繰り返したが、喉の痛みはほとんど治まらなかった。
 やがて、水差しの中身は空っぽになった。ひっくり返しても一滴も出てこない。空の水差しを放り出し顔を上げると、硬直したテオの姿が目に入った。
 リゼは手を伸ばし、テオの胸倉を掴んだ。
「何を入れた」
 擦れた声を必死に絞り出すと、テオはびくりと震えた。声もなく、おろおろと瞳を泳がせている。答えようとしないテオに、リゼはさらに怒気を込めて問いかけた。
「答えろ! 何を入れた!」
 胸倉をつかんだまま揺さぶると、テオはようやく口を開いた。
「違う。入れてない。何も入れてない。昨日と同じものだ。身体に悪いようなものは何も・・・・・・」
 青白い顔をして首を振り、必死に否定する。テオも混乱し、おびえているのだ。自分が作った薬湯の中に、毒が混ぜられていることに。
 ああたぶん、こいつは嘘を言ってない。なんとなくそう思った。
 身体が熱い。テオの胸倉をつかんでいた右手から、すっと力が抜けて行く。リゼはベッドの上に力なく崩れ落ちた。
 そしてそのまま、ふっつりと意識が途切れた。



 次に目が覚めた時、日はとっくに暮れ、部屋の中は薄闇に覆われていた。
 起き上がって周りを見回してみたが、部屋の中には他に誰もいない。薬湯の椀は誰かが片づけたのか、汚れもなく綺麗だ。
 喉が焼けるように痛い。薬湯に混ぜられていた何かのせいだ。発熱しているのか少し身体が熱い。ほとんど吐き出していてもこれなのだから、大量に飲んでいたらもっと酷いことになっていたかもしれない。
 リゼは痛む喉に手を当てると、擦れる声で術を唱えた。癒しの術が発動して、喉の痛みを癒していく。やがてそれは、小さな違和感を残す程度に治まった。軽い眩暈はするが、すぐ治まるだろう。そう思っていると、不意に、異変に気が付いた。
 なんだこれは。
 悪魔の気配だ。今、この町に悪魔憑きは一人しかいないはずなのに、濃い悪魔の気配がする。それもすぐ近く、とても強力な奴が――
 あの悪魔憑きの男の症状が悪化したのか? いや、それにしては強すぎる。あの男に取り憑いていた悪魔とは桁違いに強い。リゼがベッドから飛び降りて部屋を出ようとすると、その前に扉が開いてアンが飛び込んできた。
「ソフィア殿! 目が覚めたんですが? 身体は大丈夫ですか?」
「アン・・・・・・何が起きたの?」
 アンの質問には答えず、逆に聞き返すと、アンは少し考え込んでから、意を決したように言った。
「また奇跡が起きたのです」
「奇跡?」
 怪訝に思って尋ねると、アンはすぐに説明を始めた。
「朝方にいらっしゃった新しい入信者の方が、あの後もう一度悪魔祓いをとおっしゃられたのですが、神父様は祈りの積み重ねによるものだからと諌められました。しかし、相手の方も譲らず、見捨てないでくれと主張なさり――」
 当然だ。死にかけているのに、祈れと言われても納得できないだろう。ましてや救われた人間がすぐそこにいるのだから。しかしクリストフはどうしたのだ。彼に悪魔祓いはできない。どうしようもないはずなのだが・・・・・・
「神父様は礼拝堂に籠られ、長い間悩んでおられました。礼拝も中止になって・・・・・・けれど、夕刻前になって神父様は礼拝堂から出てこられました。とてもすがすがしい表情で、すぐに新しい入信者の方の元へ向かわれて――」
「向かって、どうしたの」
「神父様が悪魔を祓ったのです」
 耳を疑った。
 そんなことが出来るのか。クリストフは悪魔祓い師ではない。話を聞く限り悪魔祓い師であったこともない。まさか魔術か? いいや、突然そんなことが出来るようになるとは思えないし、彼にそこまでの魔力はないはず。
「本当です。神父様が『悪しき霊よ。立ち去れ!』と命じられた途端、悪魔憑きの方は正気に戻られました」
 信じられない話だ。クリストフが悪魔祓いを? 彼がそんなことできるはずがない。まさか本当に聖なる力を授かったのか? なら、この悪魔の気配はなんなのだ?
 たった半日の間に、バノッサで何が起こったのだ?
「――アン、井戸はどこにあるの」
「井戸・・・・・・ですか?」
 突然なにを、という風に首をかしげるアン。その彼女に、リゼは言った。
「喉が渇いたけど、薬湯を飲んであんなことになったんだから、他人が用意した飲み物は怖くて口に出来ない。悪いけど自分で用意したいの」
 そう説明すると、アンははっとして頷いた。こちらですと言うアンに続いて、リゼは部屋を後にした。
 井戸は町の中心地にあった。雨よけの三角の屋根が付いた古びた井戸だ。夕闇が迫る中、井戸の中を覗き込むと、思ったより近いところに水面があった。水が満ちている。この辺りは地下水が豊富なようだ。
 リゼはしばし井戸を覗き込んでいたが、ふとあることを思い出して振り返った。
「・・・・・・水差しを忘れた。悪いけど、取りに行って貰える? 水を汲んでおくから」
「いえ、それはわたしが・・・・・・」
「大丈夫。水汲みも出来ないほど重傷じゃないから」
「そうですか? では・・・・・・すぐに戻りますね」
「ゆっくりでいいわよ。悪いわね」
 そう言ったが、アンは踵を返すと、小走りで部屋の方へ戻っていった。ゆっくりでいいのだが、あの分だとすぐ戻ってきそうだ。さっさと用事を済ませなければならない。
 日は落ちて、月のない空は暗い。たくさんあるはずの星明かりも、弱々しく陰っている。雲が出ているのではない。今朝は快晴だったし、今だってそうだ。原因は一つ。ここバノッサに、悪魔がいるからなのだ。
 リゼは目を閉じて、気配の出所を探った。いや、そこまでする必要はなかったかもしれない。それぐらい、気配の出所は明白だった。
 礼拝堂だ。



 礼拝堂の薄闇の中、小さな灯の光が煌めいている。
 その細い蝋燭の炎は温かな色をしていたが、礼拝堂を満たす薄闇に対してとても頼りなく見えた。風もないのにゆらゆらと揺れて、今にも掻き消えてしまいそうだ。それでもかろうじて消えることなく、周囲を照らし出す光。それに照らされた祭壇の前で、跪いたクリストフが祈りを捧げていた。
「こんなところにいたのね」
 祈るクリストフに近づきながら、リゼはそう声をかけた。一応覗いた私室(礼拝堂の隣の小屋にある)にいなかったからここだろうと思ったのだが、当たりだったようだ。
 クリストフは祈りを中断すると、ゆっくりと立ち上がった。
「ソフィアさん、大丈夫か?」