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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「ともかく、ゆっくり身体を治して欲しい。それと目が覚めたのだし、薬師を呼んで来るよ」
「わたしが行きましょうか?」
 アンが尋ねるが、
「いや、もう行かなければならないんだ。私が呼んで来るよ」
 では失礼するよ。そう言って、クリストフは一礼し部屋を後にした。
 神父が出て行ったのを見て、リゼはほっとため息をついた。とにかく彼の善意は本物のように見える。後は神父が手配書のことに気付いていないか、だが――
「お気持ちは分かりますが、漂流していたんですからしばらく休まないとダメですよ」
 クリストフが部屋を出たところで、アンが心配そうに言ってきた。どうして彼女らはこうも人の体調を気にするのだろうか。
「心配ならいらないわよ。十分元気だから」
「そんなまさか。無理をしたら後に響きますよ?」
 ますます心配そうな顔をしながらアンは言う。そりゃあこちらとて元気一杯という訳ではないが、色々と都合がある。のんびりと寝てなどいられない。しかし説明するのも面倒なので黙っていると、アンは休養の重要性について話し始めたが、リゼは聞き流すことにした。
 幸いにもアンの話は再び響いたノックの音によって遮られた。反射的に「どうぞ」というと、扉が軋みながら開いていく。さすがにアンは話を中断し、やってきた人物を出迎えた。
 入って来たのは十代後半くらいの少年だった。手には木の椀が乗った盆を持ち、傍らには、五歳くらいの女の子がぴったり張り付くようにしてついて来ている。彼はベッドサイドまで近付き、
「薬師のテオです」
 ぶっきらぼうにそう言うと、彼はぺこりと頭を下げた。クリストフが言っていた薬師とはこの少年らしい。随分若いなと思っていたら、テオは素早く「他に医者がいないので」と付け加えた。
「ああそれと、神父様は僕の兄です。こっちは妹のララ」
 傍らの女の子を指さして、テオは言った。ララは人見知りしているのか、兄の後ろに隠れるようにしてこちらを見ている。テオはいつものことなのか気にした風もなく、そのまま話を続けた。
「それで、ソフィアさん。身体の調子はどうですか」
 一瞬、誰に言っているのかと思ったが、すぐに偽名を使っていたことを思い出した。速くこれに慣れなければ。そう思いつつ、少し考えてから答えた。
「・・・・・・別に悪くないわ」
 浜辺で目を覚ました時は身動きが取れないほど倦怠感が凄まじかったが、今はそうでもない。力が出ないのは食事をしていないせいだ。わざわざ薬師に出てきてもらう必要はない。と思うのだが、そう言う訳にもいかなさそうだ。
「思ったよりも元気そうだな・・・・・・でもこれは飲んで欲しい」
 そう言うと、テオは持って来た木の椀を差し出した。お手製らしい荒削りの椀の中には、鮮やかな緑色の液体がなみなみと注がれている。液面に浮かんでいる葉っぱと独特の青臭い臭いには覚えがあった。
「・・・・・・これは?」
「薬湯。滋養強壮に効く」
 案の定、椀の中身は推測通りの物だった。道理で不吉な予感がするわけだ。全く同じものかはわからないが、この薬湯は知っている。なにしろ、昔、飲まされたことがあるのだが・・・・・・
「苦くて不味いが、効果は保証する」
 テオが言う通り、この緑色の液体は凄まじく不味いのだ。初めて飲んだ時、あまりの不味さに吐き出してしまったくらいである。故に、効果の程もよく知っているのだが。
 ――やはり飲むべきなのだろうな。
 どちらにしろ、この町を出てメリエ・リドスに向かうなら、体力を回復させておく必要がある。それにはこの薬湯がうってつけだ。好き嫌いなど言ってはいられない。意を決して、リゼは薬湯を飲んだ。
 ・・・・・・味は、記憶にあるものより遥かに不味かった。



 今から百年ほど前のこと。バノッサ・デミトリウスという一人の司祭がいた。
 彼は非常に熱心な司祭だった。町の教会の司教を務める立場ながら、決まった礼拝の時に説教をするだけでなく、自ら信者と語らい、町人の声に耳を傾け、神への信仰を説いた。聖典を研究し、あらゆる司祭と神の教えについて論争し、祈りの意義を問うた。
 それだけではない。彼は教会に纏わる日々の雑事全てに積極的に取り組んだ。儀式に必要な聖具の用意。細々とした儀式の実行。司教の身ならやる必要もないにも関わらず、時には下位の司祭や信者と共に、礼拝堂の清掃まで行った。バノッサは労働を神聖なものととらえ、勤勉さが神に至る道であると考えたのである。やがて、彼は礼拝堂の清掃だけにとどまらず、町全体の環境にも目を向け始めた。
 それだけなら変わった司教だと思われた程度であっただろう。しかし、バノッサはそれだけでは終わらなかった。多くの罪人と交わるうちに、あることを、人々に教えて聞かせるようになった。
 彼の主張はこうだった。間違いを犯す人の手で、救われる者を選別してはならない。悪魔祓いは、悪魔に取り憑かれた者の祈りによって為されなければならない。真の信仰者であれば、祈りによって神の救済が与えられる。そしてその真の信仰者とは、形だけの信仰に胡坐をかかず、日々勤勉に生きる者だ、と。
 その教えを聞いた教会は、即座にバノッサを異端者と認定した。バノッサの主張は、教会と悪魔祓い師を否定するものであったからだ。異端として排斥されたバノッサは教会を去り、弟子と同志を引き連れて西へ向かう。そして海沿いの平地に居を構え、ささやかな礼拝堂を建てて、弟子・同志達と自給自足の共同生活を始めた。
 数年後、意外なことに、“祈りのみによる救済”を掲げるバノッサの元には罪人と呼ばれる者達が集まり始めていた。神の教えだからと祈りの日の労働を禁じる教会に対し、バノッサは勤労を素晴らしいものと考え、例え短時間でも真摯に神に祈るならば、生活に必要な労働はしてもよい。むしろするべきであるという考えだったからである。
 贅沢はしない。必要最低限の物しか食べない。身につけない。恋情は穢れ。勤勉は美徳。娯楽は悪魔の誘惑。隣人を愛し、持つ者は持たざる者に施し、一切の欲を絶って身を清廉に保ち、神に祈りを捧げよ。それがバノッサの掲げる教義だった。勤労を美徳とし、罪人であっても最低限の生活を保障してくれるバノッサの教えは、例えそれが異端であっても、罪人達にとっては素晴らしい教えだったのである。
 多数の悪魔憑きと罪人が集い、手を貸し合い、共同生活をする場所。そしてバノッサの死後、彼の弟子がこの町の自治を引き継ぎ、その名は町の名として残り、姓は宗派の名として残り、現在まで、悪魔憑きとその親族が教義に従い、互いに助け合う場所となっている。



 バノッサで見る、二度目の太陽が上がった。
 テオが持ってきた食事(薬湯付き)を食べた後、リゼは寝間着から自分の服に着替えた。海水で濡れた割にはそれほど痛んでいない。洗濯してくれたことをアンに感謝しつつ、グローブまで全て身に着けた。貴重品も持ったところで、部屋の扉に向かう。腰に剣がなくて落ち着かないが、こればかりは仕方ない。リゼは足早に部屋を横切り、扉に手を掛けた。
 すると、扉が向こう側から開いた。
「おはようございます――って何をなさってるんですか?」