小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

INDEX|51ページ/115ページ|

次のページ前のページ
 

「でもよかった。あなたを助けられて。最初は死体なんじゃないかと思って怖かったんですけど、思い切って助けにいってよかった。危うく救助が必要な人を見殺しにするところでした。――あ、あなたの荷物と服はこちらにあります」
 一気にそう言ってから、アンは丁寧に畳まれた服と荷物を差し出した。唐突なことで少し戸惑ったが、よく見ると服は洗濯されているようである。アンがやってくれたのだろうか。全く初対面の彼女がここまでしてくれたことを訝しみながらも、リゼは礼を言って受け取った。
 よく見ると、服は洗濯してあるようだが、携帯用の小鞄はそのままで、海水で少し痛んでいた。中を見ると特になくなっているものはなかったので、勝手に開けるのはよくないと思ったのかもしれない。なんにせよ、荷物が無事なのはありがたい、のだが。
「――剣は?」
 剣がない。まさか流されてしまったのだろうか。鞄はしっかり口を閉じていたおかげか財布の中身まで無事なのに、肝心の剣がないとは。あれがないと、魔術を使うにも時間と手間のかかる羽目になるのだが。それに、あれは叔父にもらった大切な――
「剣なら、わたしではなく神父様が預かられていますよ」
 考え込んでいると、アンが何気なくそう言った。
「神父・・・・・・様が?」
 神父ということは、この町には教会があるのだ。しかも、剣があることには一安心だが、神父が預かっているとなると厄介なことになる。教会関係者には会いたくないのに、これでは顔を合わせざるを得ないではないか。
「神父様はもうすぐいらっしゃると思いますから、その時にお尋ねになったらいいと思いますよ」
 リゼの心境など知る由もないアンが、親切心からかそう言う。この分だと、どちらにせよ神父に会う羽目になりそうだ。どうしようかとリゼは考えこんだが、残念なことに、考えている時間はほとんどなかった。
 不意に、ノックの音がした。止める間もなくアンが「どうぞ」と答える。すると、扉が開いて、一人の人物が入ってきた。
 すらりとした長身の金髪の男だ。よれよれになった白い法衣のようなものを来て、首からは五芒星のペンダントを下げている。まるで司祭のような恰好だが、男の浮かべる笑顔は人のよさそうなそれで、司祭らしい高慢さは見受けられなかった。
「やあ、目が覚めたようだね」
 金髪の男は金髪の男は朗らかにそう言うと、ゆっくりとベッドサイドまで近づいた。まさか、彼がアンの言う神父なのだろうか。そう思っていると、男は穏やかに言った。
「私はこの町の神父を務めているクリストフ・セーガンだ。お嬢さん、お名前は?」
 やっぱり神父だったらしい。会いたくなかった・・・・・・などとは言ってられない。神父がいるなら、速く剣を返してもらってとっととこの町を出なければ。そう考えたリゼは、まずはなるべく不自然にならないように、とっさに思い付いた偽名を名乗った。
「・・・・・・ソフィア、です」
「ソフィアさんか。目を覚ましてよかった。ここに来た時は酷く衰弱していたし、三日間眠り続けていたから心配したよ」
 クリストフは安堵したようにそう言った。
「三日間・・・・・・そんなに・・・・・・」
「差し支えなければ、何があったのか教えてくれないか?」
 何があったのか。
 誘拐されたシリルを助けるために悪魔教徒達を追いかけ、内海の荒れる海上で奴らに追いついた。しかし船の中にシリルの姿はなく、見つかったのはサーフェスでさらわれた子供達と、シリルの替え玉らしい少女だけ。その上、悪魔憑きの悪魔教徒が船に火をつけたせいで、追跡艇に戻る間もなく船の崩壊に飲み込まれた。
 ティリーやキーネス、子供達は追跡艇が転覆していない限り無事だろう。問題はアルベルトとゼノだ。あの二人は無事なのだろうか。あの燃えるマストが倒れてきた時、彼らはその下にいたはず――
「ソフィアさん。ソフィアさん? どうかしたのか?」
 クリストフに問い掛けられて、リゼは我に返った。そう、今の名前はソフィアだ。顔を上げると、クリストフと心配そうな顔をしたアンがこちらを見つめている。
「まだ体調が悪いのでしょう。ゆっくり休ませた方が・・・・・・」
「いいえ、心配はいらないわ。少し、ぼうっとしてただけ」
 実際、浜辺にいた時ほどの倦怠感はない。食事を摂っていないから力はでないが、頭はすっきりしている。――ここがアルヴィアだと分かった時の衝撃のせいで。
「ミガー行きの船に乗りました。途中で大きな嵐にあって、そこから先のことはよく覚えていません」
 適当な嘘が思いつかなかったから、そう言ってごまかすことにした。内海は荒れることが多く、規定航路を通っていてもいつのまにか流されていて、運悪く嵐に会い沈没してしまうことがあるらしい。そのせいということにしておけばいい。
「そうか。内海は少しでも航路を外れると危険だというからな。助かったのは奇跡だ」
 幸いにも、クリストフは納得してくれたらしい。
「バノッサは決して裕福な町ではないが、雨露を凌げる場所と最低限の食料はある。ゆっくり養生してくれ」
「・・・・・・ありがとうございます」
 クリストフの言葉に、嘘はなさそうだった。だが、見ず知らずの相手を助けてくれたのは、純粋な善意からなのだろうか。財布を始め持ち物が無事な以上、所持品を奪う目的ではないことは確かだ。ただ、
「ですが、知人のことが心配なのでメリエ・リドスに行きたいんです。剣を預かっていると聞いたのですが、返していただけませんか」
 彼らは手配書のことを知っているのだろうか。もし知っているなら、長居しない方がいい。あの手配書だけで指名手配犯だと断定されることはないだろうが、万が一ばれたら面倒だ。シリルやアルベルト達を探さなくてはならないし、さっさと剣を返してもらってメリエ・リドスへ向かいたかった。
 しかし、クリストフは申し訳なさそうな顔をすると、こう言った。
「すまないが、武器の所持は禁止しているんだ。悪魔憑きが大勢いるから、障害事件を起こさないようにするためだ」
 悪魔憑きが暴れて周囲の人間を殺傷したという事件はよくある。ただ狂うだけでなく、悪魔の甘言が人の疑心暗鬼を増幅し、時に武器を取らせるのだ。それを警戒しているというのは、分からなくない話だが。
「なら問題ないわ。剣を返してくれたらすぐこの町を出ます」
 とにかくこっちは急いでいるのだ。剣さえあれば、あとは自分でなんとかできる。必要な物だけ調達したら、すぐにメリエ・リドスへ向かうつもりだった。のだが、
「すぐこの町を出るって、まさかその状態で旅をするつもりなのか?」
 ところがクリストフはそう言って少し怒ったような顔をした。
「それは駄目だ。薬師の見立てでは、少なくともあと数日静養する必要がある。病人を、魔物のいる町の外に出すわけにはいかない」
 言い聞かせるように言って、彼はリゼをベッドに押し戻そうとする。思いがけない返答に、リゼは面食らった。ものすごく既視感のあるやり取りだ。手配書の人物だと知って引き留めようとしているのかと思ったが、彼が一流の俳優でないならば、どこかの誰かと同じように善意で言っているのだ。厄介なことに。