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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 アルベルトの警告に従って、ゼノは後方に跳んだ。次の瞬間、先程までいた場所が悪魔教徒の一撃で大きくへこむ。退治屋にも人外かと思うようなとんでもない腕力の持ち主はいるが、こいつは何か違う。何か酷く不自然だった。
 するとアルベルトが前に出て、悪魔教徒を見つめた。何かを探すようにじっと。そして彼は言った。
「ゼノ、気をつけろ。こいつは悪魔憑きだ」
「悪魔憑きって、“憑依体質(ヴァス)”じゃない限りもっとおかしくなっちまうもんじゃないのか!?」
 少なくともこいつは奇妙な言動を繰り返したりめちゃくちゃな行動を取ったりはしていない。シリルを連れ去る。追手は排除する。やっていることは悪事だが、ちゃんとした目的意識を持って行動している。悪魔憑きならそれすらも出来ないはずだ。
「いや、“憑依体質(ヴァス)”でなくとも自我を保つ方法は一つだけある。成功する人間がこの世にどれだけいるのかは分からないが・・・・・・少なくとも悪魔教徒達の一部は成功しているみたいだな」
 そこで、アルベルトは悲しそうな顔をした。
「悪魔を受け入れるんだ。自分の意志で、悪魔を取り憑かせるんだ」



「馬鹿みたいに頑丈ね」
 炎に包まれ、甲板まで落下したにもかかわらず、術師は何事もなかったかのように平然と立ち上がった。術で身を守ったというわけでもない。ローブは燃え尽き、現れたいかつい顔には焼けただれた跡がある。だが落下による負傷は見受けられず、火傷の痛みを気にしている様子もない。そして当然、術者が健在である以上、嵐がやむ気配はなかった。
「わたくしの魔術に耐えるとは、やりますわね」
 ティリーは悔しさ半分、驚嘆半分に呟き、術師を睨み付けた。無論、新しい魔術を唱えることも忘れない。今度は加減なし、高火力の魔術をぶつけてやるつもりのようだ。それがどれ程効くのか分からないが。
 何しろこいつらは、
「悪魔憑きだわ。悪趣味なことにね」
 悪魔召喚によって喚び出した悪魔の使い道には二通りあるという。一つは喚び出した悪魔をそのまま使役すること。そしてもう一つは、悪魔をその身に宿らせ、己の力とすることだ。
 普通の悪魔憑きとは違って、自らの意志で悪魔を取り憑かせるのだ。狂人になることはなく、自我を保ったまま、悪魔の強大な力を得ることが出来るという。
「うわあ、噂には聞いてましたけど、本当にやる馬鹿がいるんですのね。さすが悪魔教徒ですわ」
「悪魔教徒に馬鹿じゃない奴がいるとは思えんがな」
「・・・・・・ま、それもそうですわね」
 悪魔は人の魂を喰らう。耳元で甘言を囁き、幻影の地獄を見せ、精神も肉体も完全に破壊してしまう。悪魔に取り憑かれて狂うことなく自我を保ち続けられるなんてありえない。“憑依体質(ヴァス)”でさえ、最後には侵蝕に耐え切れず死んでしまうのだから。
 もしそれが出来るのだとしたら、そいつは元々正常な人間ではないのだろう。
「それで、どうするんだ。悪魔憑きならお前でないと対処できないんじゃないか」
 キーネスは奴らの様子を伺いつつそう言った。確かに、悪魔を祓うのも滅ぼすのもリゼにしかできない。しかし今は風の結界を張るので手一杯だ。そこまでする余裕はない。
「だからあの術師をどうにかしないとね。今のままじゃ悪魔祓いも浄化も無理」
 悪魔憑きと戦うだけなら、浄化の魔術は必要ない。ティリーとキーネスに頑張ってもらおう。ただ、分は悪いけれども。
 そうしてるうちに術師はローブの燃え滓を払いのけ、手に雷を纏わせはじめた。その横を、剣を持った悪魔教徒達が固める。両者の睨み合いが続く中、突如としてしわがれた声が響いた。
「汝らに我らを殺すことなどできはせぬ」
「あら、貴方喋れたんですの? 一言も言わないから命じられたことだけこなす犬だと思ってましたわ」
 ティリーはからかうように言ったが、術師は無表情のままだった。まだ術を放つ様子もない。ただそれほど歳を取っているようには見えないのに、老人のようなしわがれた声で言った。
「ただの人間、ただの魔術師に抗うことは出来ぬ。そして“救世主”よ。そうやって結界を張っている限り、汝もだ」
「そう。あなた達、やっぱり私を知っているのね」
 囁くように話しているのに、術師の声は不自然なほどに響いてくる。老人のような声と思ったが、円熟し老成した者の声ではない。似ているだけで、もっと不気味で邪悪なものだ。
 そう、これは悪魔の声なのだ。
「汝は我らの大いなる計画の障害と成り得る存在。消さねばならぬ」
「大いなる計画? どうせ悪魔召喚で魔王(サタン)を喚び出そうって魂胆でしょう? 麻薬をばらまいて混乱を起こしてまで」
 吐き捨てるように言って、リゼは剣を抜いた。鋭い切っ先を悪魔教徒達に向けると、細い刀身が炎を映して煌めく。
「抗えないかどうかはやってみれば分かる。いざとなったら結界を解いて私があなたを潰すわ。――悪魔を喚び出そうとする害虫が」
「黙れ。我らが如何様にして悪魔を信ずるに至ったか知らぬ癖に」
「知りたくもないわね」
 悪魔を崇める者の事情など、知ったことか。



「あの悪魔教徒は俺が引き受ける。君は逃げた奴を追ってくれ」
 そう言って、アルベルトは目の前の悪魔教徒に剣の切っ先を向けた。こいつの邪魔がなければ、あの悪魔教徒を追える。アルベルトは足止め役を買って出てくれると言うのだ。
 ゼノが返事を返す前に、アルベルトは悪魔教徒めがけて剣を奔らせた。悪魔教徒は後ろに飛んで避け、壁に刺さった投げナイフを引き抜く。悪魔教徒のナイフとアルベルトの剣がぶつかって、甲高い音を立てた。
「――すまねぇ!」
 そう言って、ゼノは駆け出した。悪魔教徒はそれを阻止しようとしたが、アルベルトが割って入る。その隙に、ゼノは廊下の奥へ走った。
 シリルを抱えた悪魔教徒はとっくの昔にいなくなっている。廊下の奥は行き止まりだから、出てきた部屋に戻ったのだろう。ゼノは悪魔教徒が出てきた扉の前に立つと、後を追って部屋に入ろうとした。しかし扉は何かに引っ掛かっているのか開かない。扉は古く痛んでいるように見えるのに、押しても引いてもビクともしない。もどかしくなって、ゼノは大剣を叩きつけて扉を豪快に破壊した。
 扉の残骸を蹴っ飛ばしながら中に入ると、そこにいたのは手を縛られ、猿轡をつけられた子供達だった。全部で四人。恐怖からか、部屋の隅で震えている。だが悪魔教徒の姿はどこにもなく、四人の中にシリルの姿もなかった。
「大丈夫! オレは味方だ。助けにきた!」
 ゼノは四人の内、一番年上の少年に近寄ると、猿轡を外し、ナイフで手を縛るロープを断ち切った。子供達の怯えた様子に心を痛めながらも、ゼノは少年に尋ねた。
「ここにいるのはおまえらだけか? 誘拐犯は? 他に女の子がいなかったか?」
 問い詰めると、少年は戸惑いながらたどたどしく答えた。
「お、女の子ならいたよ。金髪の知らない子。さっきあの黒ずくめの奴が連れていった」
「どっちに!?」
「あっち」
 少年の指差す方向には、入ってきた方とは別の扉が半開きの状態になってあった。悪魔教徒は何を思ったのかシリルだけを連れて逃げたらしい。追い掛けなければ。ゼノは少年にナイフを渡すと、