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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「これで他の皆の縄を切ってやれ。たぶんすぐに黒髪のにーちゃんが来るから、それまでここでじっとしてろ。そいつはオレの仲間で味方だ。安心しろよ」
 そう言うと、少年は年長者の責任感からか、怯えながらもしっかりと頷いた。それを見たゼノは少年に笑いかけて、すぐに身を翻す。そして半開きの扉から、シリルを連れ去った悪魔教徒を追った。
 悪魔教徒はシリルを抱えたまま、廊下の奥へ逃亡しているところだった。ゼノはすぐさま走り出し、後を追う。少女を抱えている割に意外にも相手は速い。ゼノはとっさに愛用のナイフを取り出すと、逃げる悪魔教徒の背中めがけて思いっきり投げつけた。
 さしてコントロールは良くないのだが、投げたナイフはものの見事に悪魔教徒の右肩へ突き刺さった。痛みのためか悪魔教徒は軽くのけぞって足を止め、振り返る。その隙にゼノは悪魔教徒に近づき、剣を抜いた。そして、
 悪魔教徒は突然、ローブを翻しながら右手を振り上げた。
 とっさに、ゼノは後ろへ思いっ切りのけ反った。振り上げられた何かはかろうじて避けたが、服の胸元がざっくり持ってかれた。ちぎれて飛ぶ布切れ。ゼノはそのまま体勢を崩して尻餅をついたが、気合いで弾けるように立ち上がり剣を振り上げた。
「肩やられてるのになんなんだよ!」
 半ばやけくそに叫びながら、ゼノは剣を振り下ろした。渾身の力を込めて振り下ろしたというのに、剣はあっさり弾かれ、振り払われてしまう。体勢が崩れたところへ襲いかかってきた一撃を紙一重で避け、後方に下がったゼノは思わず舌打ちした。
 逃げた悪魔教徒が持ち出してきたのはあろうことか重厚な作りの戦斧だった。とても重そうな、鈍く光る黒い刃。両手で持っても重そうなのに、悪魔教徒は片手で軽々と振り回している。つーかそんなものどこに持ってたんだ。背中に背負ってローブで隠していたのか。
 斧の柄は短く、リーチはさして長くない。しかし狭い通路内にもかかわらず、遠慮なしに振り回してくる。左右の壁を破壊してもお構いなしなのだからタチが悪い。
 だが奴の主な目的は逃亡のようだった。この狭い船内でどこへ行くつもりなのか知らないが、破壊するだけ破壊した後、シリルを抱えてとっとと退散していく。彼女を盾にしようとしないのは助かったが、奴が抱えている状態ではどちらにせよ思い切った攻撃を仕掛けることができなかった。
 しかしゼノも伊達に退治屋をやっていない。対人戦は得意ではないが、人外のパワーを持つものに対処するのは慣れている。要は逃げる上に急所が小さい魔物を追いかけていると思えばいいのだ。
 横薙ぎに斬りつけられてきた戦斧を避け、破壊されて散らばった壁の残骸を飛び越える。その時に程よい大きさの木の板を拾い上げると、相手に向かって投げつけた。悪魔教徒の視界がふさがれた隙を狙って、一気に間合いを詰める。しかし悪魔教徒は木の板を振り払うでも避けるでもなく、戦斧を振り下ろして一刀両断にした。
 戦斧は床に深々とめり込んで、木の欠片を飛び散らせた。危うくゼノも真っ二つにされるところだったか、かろうじて避けて飛んできた破片を振り払う。そして悪魔教徒が再び攻撃に転じようとする前に、斧の柄を思いっ切り踏み付けた。
 悪魔教徒が人外の腕力を持っていようが、ゼノの体重がプラスされた戦斧を振り上げることは出来ないだろう。仮に出来たとしても、こっちが斬りつける方が速い。ゼノは剣を横薙ぎに振るい、悪魔教徒の頭部を狙った。
「てめえ! シリルを返しやが――」
 敵に肉薄したゼノが気迫を込めながら剣を振り抜こうとした、その瞬間、悪魔教徒は思いがけない行動をとった。
 少女を投げ付けて来たのだ。
「うわっ!?」
 振り下ろそうとした剣を寸でで止め、懐に飛び込んできた少女を受け止めた。勢い余って尻餅をつきそうになったがかろうじて踏みとどまる。その一瞬を狙って悪魔教徒が戦斧を手に迫ってきたが、ゼノが対処するより先に、突然現れたアルベルトが一瞬にして悪魔教徒を斬り伏せた。
「アルベルト! いつの間に来てたんだ!?」
 倒れた悪魔教徒を静かに注視するアルベルトに、ゼノは驚きながらそう言った。すぐ後ろまで来ていたのだろうに、全然気付かなかった。
「でも危なかった。助かったぜ」
「間に合ってよかった。それより、その子は――」
 アルベルトは微笑むと、ゼノが抱えている少女に視線を向けた。そうだ。なんとかシリルを取り戻したのだ。まさか相手があんな行動をとるとは思わなかったが、無事取り返せたことには変わりない。そのことに、ゼノはひとまず安堵した。
 それにしてもシリルは気絶しているのだろうか。さっきから声もあげないし身動きもしない。温かいから死んでるわけではないが、ひょっとしたら何かされて体調が悪いのかもしれない。とにかく確認しなきゃと、かぶさられている黒いフードをはぎ取って――
 ゼノは絶句した。



 燃え盛る火が甲板に奔り、あちこちに炎をばらまいた。雨で濡れているにも関わらず、積まれていた木箱が、太いマストが、次々と燃え上っていく。船全体を術で燃やし尽くそうというのだ。無論、これはティリーの仕業ではない。炎をばらまいているのは、あの術師の悪魔教徒だった。
「奴は何をするつもりだ!?」
 剣を持った悪魔教徒の一人を船から蹴落としながら、キーネスが言った。あの術師はあろうことか嵐の術を維持したまま、船全体に黒い雷を落として火をつけている。自分達が乗っている船なのにだ。正気の沙汰とは思えない。
「砂嵐を突っ切ったり内海に船出したりしてるから、いまさらか」
 黒い雷は無差別に飛び交って、甲板に落ちてくる。その内の一条が追跡艇へと奔った。追跡艇まで壊されたら脱出できなくなる。リゼは奔る黒い雷めがけて、氷槍を投げつけた。雷は氷槍とぶつかって火花を飛び散らせ、消えていく。
「――やっぱり直接ぶっ飛ばしてやろうかしら」
 一瞬訪れた眩暈を振り払って、リゼは呟いた。風の結界を維持するだけならともかく、別の魔術まで使うのは思いのほか消耗が激しい。いっそ結界を解いて全力で魔術をぶつけてやろうか。その方がすっきりする。
「――とか、考えるのはやめて下さいね」
 不意に、ティリーがこちらを見つめてそう言った。リゼが顔をしかめると、彼女は腰に手を当てた。
「さっき盛大に啖呵切ってましたけど、貴女が結界を解いたら確実に船がひっくり返りますから。そうでなくても雨で前が見えなくなりますわ。我慢して下さいませ」
「私そんなこと言ってないけど」
「言ってないけどやりそうだと思ったので」
 そう言って、ティリーは敵の方へ振り返り、魔術を唱え始めた。広げた掌の上に魔力が集まっていく。やがてそれは魔法陣を取り巻いた一つの球体へと変わっていった。
「あれはわたくしに任せなさい」
 そう言って、ティリーは掌に出現させた灰色の球体を術師の悪魔教徒目掛けて投げ付けた。球体は甲板を滑るように移動し、敵の頭上に到達する。そして、ティリーが右手を振り下ろした、その動作に同調(シンクロ)して球体は落下し、術師を飲み込んだ。
 次の瞬間、球体は内部に強力な重力場を発生させた。それは術師を捕らえ、押し潰し、地面にはいつくばらせる。
「さあ、これで止めですわ!」