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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 その時、急所の少し上の方に氷槍が突き刺さった。それは大きく、アルベルトがすっぽり隠れてしまうほどだ。突然のことで一瞬戸惑ったが、次の瞬間、上方にあった触手が吐き出した砂が、氷槍に当たって飛び散った時、アルベルトはリゼの意図を理解した。
 眼点の細い皮膚の隙間はもはや目の前にあった。アルベルトは剣を引くと、硬い皮膚の細い隙間に剣を差し込んだ。
「至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を」
 剣を伝って、浄化の力が砂蚯蚓の中で炸裂した。それは砂蚯蚓に憑く大量の悪魔を焼きつくし、一つ残らず消滅させていく。
 やがて全ての悪魔が浄化され、砂蚯蚓はただの肉の塊となって穴の底に横たわった。



「とんだ足止めを食らってしまったわね」
 遠くの地平線に沈んでいく太陽を見ながら、リゼはぽつりと呟いた。
 砂蚯蚓を倒し、蟻地獄から脱出したのはいいものの、すぐに移動を再開することはできなかった。急いでいるというのに、肝心の馬車が壊れてしまったのだ。修復にはそれなりの時間を要する。そうしているうちに日が暮れてしまって、結局今日はそれ以上進むことができなかった。それもこれも、あの巨大な砂蚯蚓が出現したせいなのだが。
「ゼノ、砂蚯蚓は本来、あそこまでの大きさにはならないんだよな?」
「そうだな。魔物に常識は通用しないから、どんな巨大な魔物が出たっておかしくねえけど、少なくともあんな大きさの砂蚯蚓が出たなんて報告されていないはずだぜ。普通はもっと小さくて、せいぜい全長五メテルくらいだし。太さも人間の大人の胴体ぐらいだ。あいつはいくらなんでも巨大化しすぎだぜ」
 アルベルトの質問に、ゼノはすらすらと答えた。魔物の特徴がすぐに出てくるのはさすが専門家と言うべきか。しかし、それならあんな魔物が今出てくるということは、
「・・・・・・まさか、砂蚯蚓を仕掛けたのは悪魔教徒達なのかしら」
 あんな大きさの砂蚯蚓は滅多にいない。人間の胴ぐらいの太さが普通。それが本当なら、何故あれほど巨大な砂蚯蚓がタイミングよく現れたのだろう。おかげでこっちは足止めを食らい、追跡に手間取る羽目になった。これで得をするのは、間違いなく悪魔教徒達だ。
「魔物を使役する・・・・・・悪魔教徒なら有り得る話ですわね。ルルイリエに行くなら必ずこの道を通るわけですし」
 昔、悪魔召喚を行った悪魔教徒が、魔物の群れを呼んで町を襲わせるという事件があったそうだ。正確には悪魔召喚で喚び出した悪魔に魔物が引き寄せられた結果ようだが、悪魔教徒も似たような手を使ったのかもしれない。
「悪魔を使役、か。シリル、大丈夫かな・・・・・・」
 ゼノは俯いてそう呟いた。現状一番心配なのは、彼女が悪魔に取り憑かれていないかだ。ただでさえ取り憑かれやすいのに、悪魔教徒なんぞの近くにいたら余計にだ。落ち込むゼノを見て、アルベルトが思案顔で言った。
「お守りを渡してあるから、取り上げられない限り大丈夫だと思うが・・・・・・」
「お守りね。そういえばあれの中身って何なの?」
 人喰いの森に行く前、アルベルトは悪魔除けになるからと言って、シリルに小さな布袋を渡していた。悪魔祓い師なのだから、悪魔から身を守る方法の一つや二つ知っているのだろうが、一体何を渡したのか気になっていたのだ。
「聖印だよ。あれは悪魔祓い師自身を護るためのもので、元々強力な祈りが込められている。加護の祈りは得意ではないけど、悪魔除けには十分なはずだ」
 なるほど。あの布袋はそういうものだったのか。悪魔祓い師は好きではないが、術の威力は確かだ。アルベルト本人は得意ではないと言っているが、実際シリルはアスクレピア神殿の中でも無事だったし、悪魔除けとしてなにも問題はないのだろう。――しかし、
「・・・・・・そんなもの、手放していいの?」
 身を護るためのものなのだから、手放したら自分の身が危険になるのではないか。人間である以上、悪魔に取り憑かれる可能性はゼロではないのだし。・・・・・・という不安がないのか、それとも別に対策を用意しているのかわからないが、
「まあ、悪魔祓い師である証明みたいなもので本来は人に渡してはいけないんだが、緊急時だったから構わないだろう。見た目はほとんど普通の聖印と同じだしね」
 アルベルトはリゼが考えていたことと全く違うことを言った。リゼとしては全然全くそんなことを気にしていた訳ではないのだが、アルベルトが気にかける点は自分の身の安全ではなく身分証を手放したことのようだ。
 まあいい。身を守る方法ぐらい他にも知っているのだろう。そう思ってリゼがため息をつくと、アルベルトは理由が分からなかったのか、不思議そうな顔をした。しかしそれは短い間のこと。彼はすぐに何かを案じるような目をして呟いた。
「――問題は、取り上げられていないかだが」
 するとその時、空を見ていたゼノが不意に立ち上がった。二、三歩前に出て、じっと北の空を見つめている。やがてそれの正体が分かったのか、彼はぽつりと呟いた。
「鳩だ。鳩がいる」
 この日最後の陽光を浴びながら、白い鳩が一羽、北の方から飛んできた。鳩はリゼ達の近くまで来て一度ぐるりと旋回した後、ゼノの肩の上に舞い降りた。
「キーネスからの連絡か!?」
 鳩の足には小さな紙片が括り付けられていた。キーネスは普段から連絡に伝書鳩を愛用しているらしい。ちなみに、オアシスへ来るよう指示した手紙もこの伝書鳩によって運ばれてきたものだ。
 ゼノは鳩の足にくくりつけられた手紙を外し、小さく折りたたまれたそれを丁寧に広げた。配達の任を終えた鳩は近くにいたカティナの元へ向かい、パンくずをつつき始める。何回も折りたたまれた手紙を四苦八苦しながら広げ終えた頃には、鳩は食事を終えていた。
「あいつの字だ。間違いなくキーネスからの手紙だぜ」
 広げた手紙をざっと見て、ゼノは念を押すように言った。それから手紙の最初に移って文字を追い始める。手紙を読み進めていくうちにゼノはみるみる表情を曇らせ、眉間に皺を寄せていった。
「なんてこった・・・・・・」
 最後まで読んだゼノは、手紙を握りしめて立ち上がった。顔には焦りの表情が浮かんでいる。
「奴ら方向転換したらしい。向かう先はルルイリエ方面じゃない。サーフェスだ」
「サーフェス?」
「メリエ・セラスから少し西に行ったところにある小さな漁村ですわ。でも、何故そんなところに? ただの漁村ですし、大体サーフェスに行くならメリエ・セラス方面の街道から行く方が近いでしょう?」
「それが、途中までは間違いなくルルイリエ方面へ向かっていたはずなのに、わざわざ街道から外れてサーフェスへ向かってるって・・・・・・」
「ええ!? それって、わざわざ遠回りしたってことですの!?」
 ルルイリエはフロンダリアから北西、メリエ・セラスは北東の方角にあたる。サーフェスはその間、メリエ・セラス寄りの場所にある。途中までルルイリエ方面へ向かっていたなら、サーフェスへ行くのに大きく弧を描いて遠回りしていたことになる。それもわざわざ街道を外れて。気が変わったのか。それとも、
「何かありましたか?」