Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ
「もう、見ただけじゃ分からないことだってあるのよ? しょうがない子ね・・・・・・そうそう皆さん、弟がお世話になったみたいでありがとうございます。愛想はないけど悪い子じゃないから仲良くしてあげて下さいね」
微笑みながら語るカティナの横で、キーネスは渋面を作っている。ため息をつきながらも反論しないあたり、頭が上がらないというのは本当らしい。キーネスは姉に育てられたと言っていたし、ああいうのは姉というより母親らしい、というのだろうか。
苦い顔をするキーネスと、微笑んでいるカティナ。知り合いに会えて嬉しそうなゼノ。リゼとしては速く本題に入りたかったが、さすがに家族や知人との再会を邪魔するのは気が引けた。仕方ないので、話が終わるのを待つしかない。そうしていた時、何気なく隣を見ると、アルベルトの様子がおかしいことに気が付いた。何か気になることでもあるのか、カティナの顔を食い入るように見つめている。その視線に気づいたのか、カティナは不思議そうな顔をして首をかしげた。
「わたしの顔に何か?」
そう訊ねられて、アルベルトは我に返ったらしい。一瞬戸惑ったように視線をさ迷わせたが、その次には思わずといった様子で尋ね返した。
「あ、いえ・・・・・・あの、以前どこかでお会いしましたか?」
「・・・・・・・・・・・・? いいえ。人違いではないかしら」
カティナは首を傾げながら否定する。アルベルトは自分の思い違いだったと納得したようだ。「変なことを訊いてすみません」と、軽く頭を下げた。カティナはというとさほど気にしていないらしい。すぐににこりと笑って、
「いえいえ、ごめんなさいね。ナンパはお断りしているの。わたしにはもう素敵な旦那様がいるから」
とても楽しそうに言った。
「え!? い、いやそんなつもりは・・・・・・!」
思いがけない台詞に、アルベルトは心底驚いたらしい。大いに慌てた様子で否定の言葉を口にした。しかしカティナはくすくすと笑い、どこか面白がるように続ける。
「独身だったら大歓迎なんだけどね。あなたかっこいいから」
「あ、いえ俺は本当に全くそんなつもりではなく・・・・・・」
「あら、照れてるの? 可愛いわね」
楽しそうに笑われてしまって、アルベルトはますます困ったような顔をした。彼のことだから「以前会ったことがないか」は文字通りの意味なのだろうし、ましてやナンパなどそれこそ天地が引っくり返ってもあり得ないだろう。有り得ないから当人は予想外の反応に困っているのだろうけど。
「私は速くあいつらの後を追いたいのだけど」
リゼは腕を組むと割り込むようにそう言った。馬鹿みたいなやり取りをしている場合じゃない。敵の行き先がわかっているのだから、さっさと追いかければいいのだ。
「ランフォードの言う通りだ。さっさと“仕事”の話をしよう」
ようやく話を進められると思ったのか、キーネスが安心した様子でそう言った。ついでに、楽しそうな姉に対して釘を刺す。
「それと姉貴、スターレンで遊ぶな」
「ごめんなさい。つい」
カティナはくすくす笑うと、
「じゃあ、わたしは失礼します。何か欲しいものがあったら言って下さいね」
そう言って、カティナは馬車の中に引っ込んでいった。
姉の姿が見えなくなったためか、キーネスは途端にほっとしたような顔して、
「さて、これでようやく奴らの話が出来るな」
懐から一枚の紙を取り出した。
それはこのルゼリ砂漠北部の詳細な地図だった。現在地であるオアシスは地図の中央付近、ルルイリエは左上の方に位置している。ルルイリエは砂漠の北西の端にある町。そこから西の方へ行くとミガー西部の農業地帯に入る。そこから南下するとコノラトと人喰いの森があり、その近くの山間の街道を東に進めばフロンダリアのあたりに出るから、リゼとアルベルトは砂漠と農業地帯の間の山脈を中心にぐるりと一周することになったわけだ。
「奴らはおそらくヘレル・ヴェン・サハルに向かっている。ならば当然、ルルイリエからさらに北上して半島を通るだろう。だがここまで行く必要はない。ローグレイ商会の砂馬(カメル)車ならルルイリエの辺りで追いつけるはずだ」
任せて下さい、とエドワードは言う。キーネスは頷くと、リゼ達はさらに続けた。
「お前達は砂馬(カメル)車で奴らの後を追ってルルイリエに向かえ。詳しいことはローグレイ氏にすでに伝えてある」
「おまえ達は、って、おまえはどうするんだ?」
「俺は先に行って奴らの動向を探る」
キーネスは地図を畳むと、馬車に繋がれていない砂馬(カメル)に近づいた。砂馬(カメル)はすでに水分補給を終えていたらしい。荷物はきっちり積まれていて、いつでも出発できそうな状態だ。キーネスは砂馬(カメル)に軽々と飛び乗ると、手綱を手に取った。
「俺は先に行って奴らの動向を探る。新しい情報を得たら連絡する」
キーネスはそう言うと、砂馬(カメル)に鞭を打った。
「あいつあれに乗れんのか。すげぇなあ」
砂煙を巻き上げて遠ざかっていく親友の後姿を見ながら、ゼノは感嘆の声を上げた。その彼に、アルベルトが尋ねる。
「あれって、乗るのは難しいのか?」
「まあオレも乗ってみたことあって、確かに速いんだけど・・・・・・」
そう言いながら、ゼノは遠い目をした。
「乗り心地はそんなによくねぇんだよな・・・・・・」
実際の乗り心地は“そんなに”どころではなかった。
砂馬(カメル)は確かに速かった。普通に歩くと足を取られそうになる砂の上をものともせず駆けていく。平地での全速力の馬車に勝るとも劣らない速さだ。だが、
揺れる。如何せん揺れる。
橇だし引っ掛かるような石もないのだからさほど揺れないだろうと思いきや、波の模様を描く砂の凹凸に引っかかり、速度も相まってよく跳ねる。身体を固定しておくためのベルトはあるのだが、肘掛けをしっかりつかんでおかなければ座席からすっ飛んで行きそうだ。
「ここのに、乗るの、初めてなんですけど、ゆ、揺れますわね! もっと、遅いところは、ここまで、揺れないんですけど! いたっ!」
「舌噛みそうだから大人しくしておいた方が良いんじゃないの」
ティリーが舌の痛みに涙目になっていると、リゼにそう冷たく言われてしまった。こちらは怪我をしたのだから、もう少し優しく言ってくれても良いのにとふて腐れてみたが、リゼの反応はつれなかった。まあリゼがノリ良く反応してくれるはずもないのだが。やたら不機嫌そうなのは暑いせいだろう。
「しかし、こんなに飛ばしたら、馬がすぐつぶれてしまうのでは?」
肘掛けにしっかり掴まって身体を固定していたアルベルトが疑問を口にする。確かに普通の馬車なら徒歩より速い程度のスピードで走るのが普通で、駆足を続ければすぐに馬が使い物にならなくなってしまう。しかし、それは普通の馬の話だ。
「大丈夫よ。砂馬(カメル)は普通の馬よりもずっとスタミナがあるの。速駆けしてもそう簡単にはつぶれないわ」
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ 作家名:紫苑