小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

INDEX|32ページ/115ページ|

次のページ前のページ
 

 しかしこの老人、廊下を曲がって魔術を使うまでの一連の動作にやけに無駄がなかった。まさかこういうことを何度もやっているのだろうか。
「一人で考え事に没頭したい時は魔術で身を隠すと話しかけられることがなくて便利でのー。たまにやるんじゃ。おかげでこればかり得意になってしまったがな」
 アルベルトの疑問を察したのか、アルネスは秘密を打ち明ける子供のように楽しげにそう言った。やはりあれは魔術だったようだ。目くらましのようなものだろうか。あの手慣れた様子からして、たまにではなくしょっちゅうやっているのだろうけれど。
「しかしすまんの。王太子の次は年寄りに付き合わせる羽目になって」
「いいえ。構いません。――それで、話とは何でしょうか」
 アルネスに合わせてゆっくりと歩きながら、アルベルトは肝心のことを尋ねた。ここまでするのだから、相応に重要な話なのだろう――と思いきや、アルネスは大真面目な口調でさらりととんでもないことを言った。
「そうさな。男同士で恋バナでも」
「・・・・・・は!?」
「冗談じゃ」
「あ、はい・・・・・・」
 真顔で言われたのでおかしいと思いつつも一瞬本気にしてしまった。どうやらアルネス博士は相当クセのある人物のようである。ティリー並み、いやそれ以上に冗談なのか本気なのか分かりにくい。
「おおすまんすまん。そんなに身構えんともう少し気楽にしてほしいと思ってな。あの兵士や王太子に悪魔祓い師だからとチクチク言われて気が立っていたんじゃなかろうかと。この国にいると何かと大変じゃろう」
「あ、いえ・・・・・・そうでもありません。俺はたぶん、相当恵まれていますから」
 唐突に真面目な話に移って戸惑いつつも、アルベルトはそう言った。実際、今まで悪魔祓い師だとばれることはなかったし、少なくともゼノ達は悪魔祓い師と知っても普通に接してくれている。もっと恨まれてもおかしくないはずなのに。おそらく幸運だったのだ。
「ふむ。それは良かったの。肩書に囚われて本質が見えなくなるのはよくない。真実の探求の妨げじゃ。そう思わんか」
「・・・・・・そうですね」
「わしは真実を見つけるための努力は惜しまんつもりでな。肩書なんぞ気にしてられん。というわけでじゃ」
 滔々と持論を語ってから、アルネスは老人の物とは思えない、期待に満ち溢れた子供のような目でアルベルトを見た。どこか既視感あふれる眼差し。その眼はまさしくティリーと同じそれだ。悪魔研究家特有の、研究対象を見つけた時の眼。
「小耳にはさんだんじゃが、おぬし、神殿でテウタロスが視えたとは本当かな?」
「はい。おそらくは・・・・・・誰から聞いたんですか?」
 聞き返したものの、誰であるかなんて明白である。あの時、あの場にいなかった者には誰にも話していないから、そもそも知っているのはアルベルト以外では二人だけなのだ。その内で博士に話しそうなのは一人しかいない。しかしもう伝わっているとは。
「察しの通りの人物からじゃ。なるほど。ではおぬしは不可視なるものは全て。悪魔も結界も、幻術も魔術の痕跡をも見抜くというのは本当ということじゃな」
「ええまあ・・・・・・それもティリーから聞かれたんですか?」
 訊ね返すと、アルネスは首を横に振った。意外な返答に驚いていると、アルネスは、
「その話はリゼから聞いた。一昨日、話の流れでな。ふむ。面白いのう。是非とも詳しく調べてみたいところじゃ」
 好奇心に瞳を煌めかせながら楽しそうに言う。神学校にいた時も教会にいた時も言われたが、この能力はそれほどまでに珍しいものなのだろうか。ティリーも相当興味を持っているようだったが、彼女の興味の大部分はリゼに向いていたため、問い詰められることはほとんどなかった。しかしアルネスは今にも研究所に引っ張って行って研究を始めかねない熱意が感じられる。今になって、リゼが研究家達に術を見せるのをあれほど嫌がる理由が実感を伴って理解できた気がした。
「あーその・・・・・・俺に出来ることがあるなら協力いたしますが・・・・・・」
「本当かの!?」
 協力すると言った瞬間、アルネスの瞳が歓喜に輝いたのを見て、さすがのアルベルトも今の発言は失敗だったかと少し後悔した。これでは今更断るのも無理だろう。しかし――アルネスに話があると言われた時に思いついた、どうしても聞きたいことがあるのだ。
「代わりと言っては何ですが、もしよろしければ、博士にお願いがあるのですが」
「なんじゃ」
「リゼの能力について何か分かったことがあるなら、教えていただけませんか? 可能ならばで構いません。無理だと言うなら諦めます」
 その質問にアルネスは足を止め、考え込む様にゆっくりと髭をしごいた。瞳に宿る好奇心の光は消さぬまま、ゆっくりと訊ね返す。
「ふむ。おぬしはあの娘の力の謎を知ってどうする? おぬしは悪魔祓い師。悪魔を祓う力はすでに持ち合わせておるじゃろう」
「・・・・・・俺はまだ未熟者です。彼女ほどの力はありません」
 いやというほど痛感し、自覚している事実だが、やはり言葉に表すと、悔しさが増した。
「それに、祓魔の秘跡は多くの道具と時間、それに人手を要します。彼女ほど短い時間で、道具も何もなしに悪魔を祓うことは出来ないんです。俺は多くの人を救えるようになりたい。罪人のような教会が見捨てた人達も。そのためには、彼女のような力が必要です。もし叶うなら、俺も同じことが出来るようになりたい。――彼女だけに悪魔祓いを押し付けなくて済むように」
 一息にそれだけ話し終えると、アルネスは沈黙したまま、目の前の青年を値踏みするように見回した。その瞳の好奇心の光は少し弱まり、代わりに真実を見抜こうとするかようのな鋭いものに変わりつつある。
「それが、おぬしがあの娘と共におる理由か?」
「それだけではないですが、一番大きな理由はそれです」
 無論もう一つ、彼女の能力を教会に認めさせ、“魔女”という汚名を返上させたい、ということもある。人を救う力を持っているのに、人を害する者だときめつけて処刑するのは不当な行いだ。それは正さなくてはならない。そのためには証明が必要で、今のところ良い案は浮かばないが、リゼが悪魔を滅ぼせば、証明の一つにはなるだろうと思っている。
 ただ単純に、彼女を手伝いたいということもあるのだけど。
「――あの娘の力は人を救うものじゃ。だが強い力は災いを呼ぶ。往々にしてな。それはあの娘の責ではない。あれを利用しようとする愚か者がいる故じゃ。力も知識も、人を幸せにするとは限らぬ」
 不意に、アルネスは重々しくそう語った。
「善意から行ったことが、結果として不幸を招くこともあるの。おぬしは不幸を招かない自信があるか? 真実を知る覚悟はあるか? 己の願いのために、誰かを道具のように利用したりしないと言い切れるか?」
「俺は――」
 リゼを利用するつもりなんてない。そんなつもりは微塵もない。グリフィスにも同じことを訊かれたが、自信を持ってそう答えられる。・・・・・・と思っていた。さっきまでは。