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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 こうして改めてアルネスに問われると、自分は本当にリゼを利用するつもりはないのかという疑念が浮かんできた。さすがに、道具のように利用するということはない。しかし、悪魔祓いが出来ないと言い訳して、押し付けなくて済むようになりたいと言いながらも、悪魔祓いが出来るようになるための努力を怠っていたのではないだろうか。自分は彼女の優しさに付け込んで、それに頼りすぎていないだろうか。そうやって、出来ない自分の代わりをさせていないか。そのために利用しているのではないかと――
「ま、わしも真実の探求のために嘘をつくことが結構あるから人のことは言えんがのー。ふぉっふぉっふぉ」
 突然、先程までとは打って変わった軽い口調でアルネスはさらりと言った。思わず気が抜けてしまうほど飄々と笑い、ぽかんとしているアルベルトを再び観察するように見回す。どうやら面白がっているらしい。こちらは真剣に考えていたというのに。ひょっとして自分は遊ばれているのかと、アルベルトは本気で悩み出す羽目になった。
「しかしまあ、不思議な巡り合わせじゃのう。悪魔祓い師と魔女か。そうかそうか」
 アルベルトが頭を悩ませていると、アルネスは面白がっていた名残を残しつつも、何かを再確認するかのようにそう言った。和やかな雰囲気は徐々に消え、代わりに別の色を帯び始める。
「わしゃ見る目はあるつもりじゃ。おぬしとは会ってまだ数刻もないが、頼れる我が双眸よると、おぬしは邪な人間ではない。なにしろ神が視えるんじゃからな。――まあ、それは今後のおぬしの行動次第で変わるかもしれんがな」
「・・・・・・はあ。ありがとうございます」
「そこでじゃ。わしの鑑定眼が間違っていないという可能性に賭けて、おぬしに一つ頼んでおこう」
 その瞬間、アルネスが纏う気配が別のものへと変わった。
 好々爺然とした雰囲気から、全く別の真剣なものへ。
 まるで、孫を案じる祖父のような表情へと。
「リゼ・ランフォードを助けてやってくれ」
 アルネスの口調は先程までの気さくなものから、齢を重ねた者特有の威厳に満ちた、真剣なものへと変わっていた。
「あの娘はとんでもない宿命を背負っておる。それを知り、戦おうとしておる。しかし、あの娘は自愛を知らぬ。己を卑下し、自身に価値はなく、他者を救うことでしか存在意義を示せぬと思い込んでおる。もし仮に他者を救うことが出来なくなったとしたら、あの娘は自身を無用な者だと非難するじゃろう。断罪するじゃろう。だがそれではいかん。それは間違いじゃということを、誰かが教えてやらねばならん」
 そこでアルネスは言葉を切って、一呼吸おいてから最後に独り言のように呟いた。
「――と、ダニエルなら言うじゃろうな」
 アルネスは杖をつきながら、ゆっくりと歩みを再開する。軟らかい絨毯にすり減った杖の先端が規則正しく打ちつけられる。鈍い打撃音が廊下に響いた。
「ダニエル・・・・・・?」
「ああ、わしの古い友人じゃ。気にせんでくれ。それよりもその前に言ったことが重要じゃ。まあ、ひょっとしたらおぬしは『はっきり言えよクソジジイ』と思っているかもしれんがの。訳あって話せんのじゃ。特に今のおぬしには・・・・・・じゃが、おぬしが真にリゼのことを思っているのなら、あの娘を助けてやってくれ」
 この人は何を知っているのだろう。
 リゼが術を見せる相手にアルネスを選んだのは、おそらく高名な悪魔研究家だからではない。この老人が何かを知っているからだ。悪魔祓いの術について。リゼについて。何か大事なことを。
 けれどその内容は明かせない。信用されてないからなのか、口外できない理由があるのか。ともかく、おそらくはリゼの悪魔祓いの術のことも含めて、今現在知ることは出来ない。
 知ることは出来ないが、アルネスの頼みを拒む理由など、どこにもなかった。
 リゼは悪魔に家族を殺されたと言っていた。母親を目の前で喰い殺されたと。今もその時のトラウマを抱え、時に鬼気迫るほど必死に悪魔と戦い、大怪我を負っても、倒れるほど術を使っても、「心配するほどのことじゃない」と言って、自身を労わる様子すら見せず戦おうとする。
 それら全て、自愛を知らぬゆえ、己の価値を認めていないがゆえだとしたら。
「――ええ、もちろんです。俺の力が及ぶ限り、いいえ、力が及ばなくても、必ずリゼを助けます」
 助けなければ、と思う。彼女を守ってやらなければ、と思う。
 本当に今更で、今まできちんと認識していなかったことを恥じなければならないぐらいだが、
 リゼは“救世主”や“魔女”である前に、悪魔に家族を奪われ、今もそのことに囚われた、一人の女性にすぎないのだから。



「遅かったわね」
 アルネスと別れ、部屋まで戻ってくると、そこには一人の人物が待ちかまえていた。扉の脇の壁にもたれかかっていたリゼは、アルベルトの姿を見とめてこちらの方へと数歩近づいてくる。アルベルトはというと、先程のアルネスの頼みを思い出して余計なことを考えてしまい、かける言葉に迷ってしまっていた。そんなアルベルトの心境など知る由もないリゼは、返事を待たず何か取り出そうと懐に手を入れる。
「まあいいわ。それよりキーネスから連絡が来たの。思ったよりも速く」
 リゼが持っているのは細長く折り目のついた一通の手紙だった。どういう手段で送って来たのかは分からないが、一見するとぐちゃぐちゃに折ってから広げただけの汚い紙に見える。
「キーネスから? まだ二日しか経っていないが」
「全力を尽くすと言っていたから、その通り頑張ったんじゃないの。と言っても、これに書いてあったのはシリルの行方じゃない。呼び出しだった」
 そう言って、リゼは紙を裏返した。そこ書かれていたのはほんの数行足らずの文章で、彼女の言う通りシリルの行方に関したものではない。シリル救出のために、始めに向かうべき場所についての記述だった。
「今すぐにこの場所へ来いと言うことか。――それで、君はどうするつもりなんだ?」
 手紙から視線を上げ、再びリゼの方を見てそう訊ねる。それは訊くまでもない、愚問と言っていい質問だ。案の定、リゼは眉を寄せ、当然、と言った。
「シリルと悪魔教徒を追いかけに行くのよ」