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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 リゼの味方をするのは、彼女を“魔女”だと言い火刑にしようとした教会の方が間違っていると思ったからで、ミガーに来たのは教会の追っ手から逃れるためだ。いささか行き過ぎたマラーク教徒の中には異教徒たるミガー人全てを蛇蝎の如く嫌う者もいるが、アルベルトはそこまでの感情を抱くことはない。考え方の違いを痛感することはあるが、嫌悪の対象となるほどではないのだ。
「この国にいるのは、アルヴィアにいることが出来なくなってしまったからです。私は結果的に教会に背き、“悪魔堕ちした悪魔祓い師”になってしまいましたから」
「貴方が指名手配されることとなった経緯については、こちらでも情報を掴んでいます。ですが、やはり不可解です。悪魔祓い師が“魔女”と行動を共にするなど」
 グリフィスは厳しい態度を崩す様子もなく、さらに疑念を浴びせてくる。
「――あの力で、罪人も分け隔てなく救おうとするリゼが“魔女”だとは思えなかったんです。悪魔憑きを救うことよりも、魔女を裁くことを優先するのは間違っていると――」
「それだけですか?」
 鋭い声音でグリフィスはアルベルトの言葉をさえぎった。思わぬ言葉に怪訝に思っていると、彼はさらに問いかけてきた。
「貴方はリゼ殿に味方する理由は、本当にそれだけなのですか?」
「――どういう意味ですか?」
「貴方は悪魔祓い師でしょう」
 それが全てを物語っていると言わんばかりに、グリフィスは言う。
「教会はリゼ殿を“魔女”だと言った。だが、悪魔祓い師の貴方は危険を冒してまでその“魔女”に味方した。悪魔憑きを助けていたから。それだけですか? 本当はもっと他に理由があるのではないですか? 悪魔を祓う力を持ち、“救世主”と讃えられるリゼ殿は、たとえ異教徒であっても利用価値の高いと考えるアルヴィア人がいてもおかしくないと思っています」
 グリフィスの言葉に、アルベルトは驚いて目を見開いた。それはつまり、
「俺がリゼを利用しようとしているというんですか?」
 何故リゼを助けたのかはティリーにも問われたが、利用するつもりなのかとまでは言われなかった。いや、ティリーもそう思っていたが訊かなかっただけなのかもしれない。どちらにせよ、アルベルトにリゼを利用するつもりなぞこれっぽっちもあるはずがなく、そんなことを言われても戸惑うだけだった。
 しかし、否定してもグリフィスは納得しない。
「貴方はそうかもしれませんが、教会にそう考える人間がいる可能性は十分にあります。そのために、貴方を間者代わりに送り込んだのかもしれない」
「違います」
「あるいは、リゼ殿を終始監視しておくためか。いずれ利用するにしても処刑するにしても、監視をつけておけば後々楽に――」
「違います!」
 強く否定すると、グリフィスは口を閉ざしてアルベルトをじっと見た。その瞳は、悪魔祓い師は信用しないと言っている。どんなことを言っても、それが素直に受け取ることはない。そう主張している。
 ただ悪魔祓い師だというだけで、ここまで疑われるものなのか。アルベルトはそのことにぞっとした。グリフィスは決して悪い人物ではない。むしろ良い人だと思う。だが肩書一つで、ここまで話を聞いてもらえないものなのか。魔女が、魔女であるというだけで、火刑に処せられるように。
「どうやら、これ以上話しても無駄なようですね」
 しばらくしてから、グリフィスは静かにそう言った。
「貴方個人に恨みはありませんが、私としては悪魔祓い師(貴方)のような不穏分子を野放しにしておく訳にはいきません。ですが、このようなことは初めてですし、手荒な真似はしたくない。――貴方が大人しくしている限りは」
 一息ついてから、グリフィスは話を続けた。
「貴方のことは、我々以外誰も知りません。ですが身の安全のために、勝手に出歩かないことをおすすめします。今日のあれは仕方がないですが、何かの弾みに貴方の身元がばれてしまったら、大変なことになりますよ。むしろ、今までよくばれなかったものです」
 グリフィスは少し呆れたようにそう言うと、話は終わりとばかり、入り口に控えていた兵士にアルベルトを部屋まで送るようにと命じた。釈然としないものを感じながらも、アルベルトは兵士に促されるまま、一礼して執務室を後にした。



「おぬしも災難じゃの。王太子の長話に付き合わされるとは」
 控えの間を通り抜けて廊下に出ると、左手からそんな言葉声がかかった。そちらの方を向くと、杖をついたアルネス博士が壁際に佇んでいた。
「まだお帰りになっていなかったのですか。何か、御用でしょうか」
 その姿を目にとめた兵士は憮然としながらも、アルベルトに対するのとは違った丁寧な口調でアルネスに訊ねる。博士はしばしその兵士を見ていたが、やがて、
「用ならあるぞい。そこの若者と話をさせてくれんか」
 そう言って、アルベルトの方を見た。突然のことに驚いていると、兵士の方はますます表情を険しくして、アルネスを見やる。
「私の一存では決められません。殿下に確認を――」
「いらんいらん。そんな大層なものではない。少しの間、世間話をしたいだけじゃ。その間おぬしに席を外して欲しい。なに、迷子の子供ではないのじゃから、案内なぞなくとも部屋まで戻れるじゃろう」
「いやしかし――」
「そういうことで、行くぞ」
 言うなり、アルネスは唖然としている兵士を置いて、さっさと歩きだした。杖をついている割には速い足取りに、アルベルトは慌てて後を追いかける。職務熱心な兵士はそれでも引き留めようとしたが、アルネスは老人とは思えない身軽さで廊下の角を曲がると、何事か呟いてから杖で地面を突いた。
 彼に続いて廊下を曲がった瞬間、薄く輝く壁が二人の前に立ち上った。戸惑うアルベルトに、アルネスは人差し指を口の前に立ててから、壁際に手招きする。指示された通りに壁の近くまで寄ると、後を追ってきた兵士が廊下の角から現れた。
 現れるなり兵士は怪訝そうな顔をして、廊下中のあちこちを見まわした。目の前にいるというのに、アルベルト達の姿に気付く様子もない。周囲を見回し、時に扉を開こうとしたが、鍵がかかっていることを知って首を振る。兵士はしばらく廊下中を捜しまわっていたが、この辺りにはいないと判断したのか廊下の奥の方へ歩いていった。
「ここの兵士はいささか真面目すぎるのが欠点じゃのう。もっと力を抜いてサボっても良いと思うんじゃが」
 兵士が遠ざかって行ったのを確認してから、アルネスは元いた廊下へと足を向けつつ言った。その後について歩きながら、アルベルトは苦笑した。
「真面目なのはいいことだと思いますが・・・・・・こんな騙すようなことになって、申し訳ないくらいです」
「いいんじゃよ。これくらいしないと好きに出来ない頭の固い連中じゃからの。騙したのはわしじゃしおぬしが気にする必要はない」
 確かにアルネスの言う通りアルベルトが気にする必要はどこにもないのだが、態度は悪かろうとあの兵士が職務熱心なのは確かなので、騙すようなことをするのはやはり申し訳なさが先に立つ。しかも、魔術まで使って。向こうとしてもいい気はしないだろうし、後で会ったら謝っておいた方がいいかもしれない。