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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 兵士の不機嫌な声が集中を打ち破った。振り返ると、ここまで案内してくれたあの兵士が、剣呑な目つきでアルベルトを見ている。どうやら何か言っていたようだが、扉の向こうの会話に集中しすぎて聞き流していたようだ。申し訳なく思って、アルベルトは謝罪しようとした。が、
「殿下の恩情で牢にいれられずに済んでいるというのに、態度が大きいな。もっと自分の立場をわきまえたらどうだ」
 こちらが口を開く前に、兵士はもはや苛立ちを隠そうともせずそう言った。そんなつもりはないと弁明する暇もない。兵士は戸惑うアルベルトに向かって、吐き捨てるように言った。
「ここはミガー王国だ。悪魔祓い師だからといって、好き勝手出来ると思うなよ」
 その言葉に、アルベルトは思わず出しかけていた言葉を飲み込んだ。遅まきながら、兵士が抱いているものがなにか気付いたからだった。
 兵士が向けているのは明確な敵意だ。それも、ミガー王国に来て初めてと言っていいほどの。
 ミガーに来てからキーネスに会うまでは悪魔祓い師であることをずっと隠していたから、おそらく誰にも気づかれることはなかった。キーネスはきっと最初からアルベルトが悪魔祓い師であることを知っていただろうし、オリヴィアは出会った時点で気付いていたが、非常事態であったこともあって、悪魔祓い師であることをとやかく言ったりしなかった。そして、非常事態が収束した今も、普通に接してくれている。ゼノに関してははっきり言わないから分からないが、目の前で悪魔祓い師の術を使ったのだから、気付いているが言わないだけだろう。アルヴィア人であるシリルとあれほど仲が良いのだから、国籍に頓着しない性格なのかもしれない。
 故に、ここまでティリー以外のミガー人に敵意を向けられることはなかった。普通のミガー人ならこういう反応をされてもおかしくないと頭では分かっていたのに、一度、ティリーに憎しみを向けられたこともあったのに、実際にこうして敵意を見せられると辛いものがある。こちらはミガー人のことを蔑む気などないと言うのに。
 その時、執務室への扉が開いて控えの間へと人が出てきた。案の定、それはアルネス博士で、彼は杖をつきながら、ゆっくりと控えの間を横切っていく。
「む、おぬしも呼び出されたのか?」
 不意にアルネスは足を止めて、アルベルトの方を一瞥した。首を縦に振って肯定すると、博士は髭をなでながら、アルベルトと、その後ろの兵士を交互に見た。
「待たせてしまったようじゃな。わしの話は終わったから、入って良いと思うぞ」
 執務室へ続く扉の方を指してから、アルネスは杖をつき、ゆっくりと控えの間を横切っていく。アルベルトは兵士に促され、アルネスと入れ違うように執務室へと足を踏み入れた。
「いいか」
 中へ入る瞬間、背後で兵士が囁いた。
「今までは大人しくしていたようだが、殿下の前で不遜な態度を取ることは許さん。殿下の意に背くこともな」
 バタンと大きな音を立てて扉が閉まった。兵士は扉の脇に移動し、直立不動の体勢を取る。アルベルトがゆっくりと執務室の中央に進み出ると、執務机の向こうで少し疲れたような顔をしたグリフィスが出迎えた。
「来ましたね」
 周囲を見回すと、昨日より多くの兵士達が壁際に並んで待機している。王太子の警護のためだろうか。随分と物々しい。
「私に何かご用でしょうか」
 一礼してからそう訊ねると、グリフィスは卓上で指を組み、
「昨日、貴方が捕まえた爆破犯について一つお話がありまして。昨日のうちに訊きたかったのですが、時間が取れず――あの悪魔教徒がリゼ殿を狙ったというのは本当ですか?」
 時間が惜しいのか、前置きもそこそこに出されたグリフィスの問いに、アルベルトは頷いた。あの爆破犯の奇妙な行動は、アルベルトもひっかかっていたのだ。あの時、あのまま立ち去れば誰にも見つからずフロンダリアを出ることも出来ただろうに、あの爆破犯はそれをしなかった。わざわざリゼを狙い、爆弾を投げつけてきた。あんな大勢の人に囲まれているところでは、仮に成功したとしても逃げるのは難しいだろうに。
「やはりそうですか・・・・・・」
 グリフィスは深くため息をついた。ここ数日、立て続けに色々なことが起こったせいか、心労が溜まっているようだ。彼は長く何かを考えこんでいたが、やがて顔をあげて静かに言った。
「以前から懸念していましたが、これでかなり可能性が高くなってきました。――悪魔教徒はリゼ殿の排除に乗り出そうとしているのかもしれません」
 その言葉に、アルベルトははっとした。
 その可能性はアルベルトも考えていた。というより、それしか考えられなかった。余計なことをしなければあの悪魔教徒は捕まらなかったのに、あんなことをしたのだ。どうやら通常の精神状態ではなかったようだから理屈は通用しないのかもしれないが、あんな行動を取る理由があるとすれば、
 悪魔を祓う“救世主”を、そのままにしておくはずがない。
「彼女の力は希少なものです。その上、良くも悪くも多くの人にその存在が知れ渡りつつある」
 グリフィスは重々しく言い、疲れたように息をつく。アルヴィアでもミガーでも悪魔憑きを癒してまわり、手配書まで出ているのだから、それは当然のことだ。リゼは研究者に術を見せるのを嫌がる割に、必要とあらば誰の前でも構わず術を使う。最近は多少気をつけてはいるようだが、一昨日も注目を集めている自覚がなかったから、目立たないのは難しい。
「リゼは余り自分がどれくらい周囲に影響を与えているか自覚がないようですから――」
「そうですね。今後、彼女を排除しようとする者だけでなく、利用しようとする者も出てくるでしょう。――いや、もう現れているか」
 呟くようにグリフィスはそう言った。
 室内にはたくさんの人がいるのに、居並ぶ兵士達は一言も発することなく、物音一つ立てない。そのためか威圧感が凄まじく、まるで裁判にかけられているかのように居心地が悪い。剣呑な雰囲気の中、アルベルトはじっとグリフィスの発言を待った。
 そういえば、
 これはリゼに関わることなのに、なぜ当人である彼女を呼ばないのだろうか?
「回りくどいのはやめましょう」
 芽生えた疑問に内心首をかしげていた時、グリフィスは不意にそう言った。彼は常に纏っていた柔和な雰囲気を消し、疲れさえも感じさせない厳しい態度に変わっていく。そうして、彼は戸惑うアルベルトに問いかけた。
「単刀直入に訊きます。貴方は一体どういうつもりでここにいるのですか?」
「どういうつもり、とは・・・・・・」
「質問を変えましょうか。何故貴方は、貴方がたの価値観で言うところの“悪魔のしもべ”と行動し、あまつさえその国に足を踏み入れたのですか?」
 グリフィスの瞳は、今までと違う冷たく剣呑な光を帯び、咎人を尋問する裁判官のように鋭い。いや、『ように』ではない。彼は尋問しているのだ。アルベルト・スターレンという、ミガー王国に入り込んだ悪魔祓い師に対して。
「私は、リゼのこともミガー人のことも“悪魔のしもべ”だとは思っていません」