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夏目 愛子
夏目 愛子
novelistID. 51522
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Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記

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2.白と青と解放の島、ミコノス到着


 
 
2013年8月29日 木曜日

 
●1. ミコノス島行きフェリー
 薄汚れた港町、ピレウスのホテルで食べた朝食は、重量感のあるパンと、固形に近い歯ごたえのギリシャヨーグルトで、これは想像以上においしかった。ギリシャヨーグルトは、ヨーグルト特有の酸味がほとんどなく、ミルクやチーズに近い感じだ。
 フェリーの出発時刻は朝7時。相当に早い。
 
 ミコノス島行きのフェリーはこれまた想像以上に大きく立派な船だった。
 室内の各部屋には座席とテレビがあり、テレビでは斬新なニュース番組が流れていた。新聞や雑誌の紙面の小さな文字をアップでテレビ画面に映し出し、それをただ指でなぞりながらただ声に出して、生真面目に読むというものだ。朗読といっても過言ではない形式であった。
 もしかしたらギリシャ人は識字率が低いのだろうか?
 
 室内の座席を予約で確保していたが、空は雲ひとつない快晴で風も爽快であったため、私たちはデッキがすぐそこに見える屋根付きの屋外の席にほとんど陣をとっていた。
 ミコノス島行きの船上では、レズビアンの発祥との話もあるギリシャの島、レスボス島を想起させる、小柄でショートカットの奇抜なメイクと不思議な猫のTシャツを身にまとった女性や、数人のゾルバまたはゾルバ風人物をを見かけた。
 
 そう、私たちは、体毛が濃く、身長は小さめだががっちりしていて、いかにも野蛮な感じのギリシャ現地人的な男性がいると、それを「ゾルバ」と呼んでいた。これは村上春樹の「遠い太鼓」でそのような人物を「ゾルバ」と称していたことの影響だが、「ゾルバ」とはそもそも「その男ゾルバ」という昔の映画の主人公のギリシャ人男性から来ている。私たちはギリシャに来る前にこの映画を観てみようとも思ったこともあったが、ネットの口コミでは、「その男ゾルバ」はあまりに原始的であり野蛮であり田舎の村人たち(「息子の恋が実らず自殺したのは女性のせいだから殺してしまえ」、「死人のものは自分のもの」といった考え方)が描かれていて後味が悪いといった感想が大半だったため、観るのをやめたのであった。
 
 フェリーでは、とあるゾルバは顔の長さの半分ほどもある大きなパイプをひとりくゆらせ、また別のゾルバは家族と談笑しながら煙草を吸っていた。
 そう、そのフェリーは異常に喫煙率が高かった、おそらくそれは7割を超えていた。
 後になってわかったのだが、喫煙率が高いのはそのフェリーだけではなかった。ギリシャ全体だった。その感じは否応なく昔の日本を想起させた、そう、ちょうどまだ私たちが子どもでバスの中に灰皿がついていた時代だ。
 いずれにせよ、それらのゾルバまたはゾルバ風人物たちは、見ているだけで、すでにギリシャのおおらかさと海の香りと反進歩性とアナログ感とを存分に感じさせてくれた。
 
 フェリーは5時間ほどののんびりした旅だったが、私たちは睡眠をとったこともあり、気づいたら、もうすぐ、とある島が目に入ってきた(ミコノスに到着する前にいくつか島に寄るフェリーだったのだ)。思わずデッキに出て、強風をものともせず、感嘆をもって島を眺める。緑のない茶色の島。建物もない。無人島?と思っていたら、島の裏側まで船が進むと白壁の街が出てきた。 
 シロス島。生まれて初めて見た、エーゲ海の島。
 海の青と建物の白と茶色の島。
 本当に存在するんだ!この風景!
 私たちの帽子は風でほとんど飛びそうだった。
 雲ひとつない青空のもと、ギリシャに来て初めて、ギリシャに来た実感と夢心地の旅に足を踏み入れた感覚だった。

 
 
●2. 到着後の苛酷感
 シロス島から数十分たつと、白と青だけでなく、時おり赤も混じった、美しい模型のような島が見える。
 
 ミコノス島だった。
 
 遠くからの眺めは、想像よりも少し貧相だった。これは、到着した港がオールド・ポートという、ミコノス・タウンから北へはずれた場所だったからだと思う。
 到着すると、よくわからないまま、ミコノス・タウン方面に行けそうなバスに乗る。
 私たちのホテルはミコノス・タウンをさらに超えて、島の南のほうの比較的静かそうな海岸沿いにあった。ミコノス・タウンまで連れて行ってもらえれば、あとはタクシーかなにかで何とかなると思っていた。
 
 しかしここからが苛酷だった。
 バスはミコノス・タウンのほんの入口のニュー・ポートまでしか行かなかった。ホテルまでは地図上ではまだまだ距離がある。歩ける距離ではない。
 時刻はお昼の1時で夏の太陽の輝きと照りつけは半端なく、11日間分の洋服などを詰めたスーツケースは非情な重さで、ミコノスの道はでこぼこが多くスーツケースを引くのにまったく適してはおらず、そしてどこまで行けばバスあるいはタクシーに乗れるのかまったくわからず、さらにこの状況では不運なことに、ミコノス・タウンは、一度路地に入ったら元の場所に戻るのは至難の業といった迷路のような美しい街並みで有名なのだった!
 
 私たちは汗だくになって、街の人たちに道をききながら、どうにか、さらなるバス乗り場があることを嗅ぎつけた。迷路のようなミコノス・タウンという評判は本当で、バス乗り場までの道のりは、地図を見せては現在地を質問し、それでも「道順なんて教えられないわ。ミコノス・タウンでは道なりに勘にしたがって歩くしかないのよ」などと哲学めいたことを言われたりで、バス乗り場まで辿りつけたのはまったく夫の方向感覚の良さのおかげだったかもしれない。
 
 ホテルに着くと、それは予想をはるかに超えた夢のような空間だった。
 水色と白で構成された、小さなお城のような、ホテル。
 長方形一つが建っているような単一の形ではなく、白の真四角や長方形がブロックのようにでこぼこに組まれた、極めてランダム性のある形で、それはまるで美しい家々が連なっているよう。
 ロビーや部屋からは、ビーチと海がすぐそこに見える。 
 ビーチにはサンベッドやパラソルがぎっしりで、人も多くいるが、ミコノス・タウンやハワイのワイキキビーチのようなにぎやかさはない。皆が思い思いに静かに寝そべっているといった感じである。
 ホテル敷地内の海側には、オーシャンビューでブレックファーストを食べられるレストランがあって、その横にはプールもある。
 
 これぞギリシャ!というギリシャ感がきゅるきゅると私の中で音を立てて最高潮に達しようとしていた。

 
●3. 三人のゾルバ
 ミコノス島では移動にみんなバギー(四輪のバイク)かバイクを使っていて、ヘルメットなしにきもちよさそうに乗り回していた。おそらくそれらの約半数は男同士の二人乗りで、美しく肉体を鍛えたゲイのように見える人たちだった。そして3割は男女のカップルの二人乗り、1割は女性の二人乗り、そして残り1割は一人で乗っている人たち。バスなし、タクシーなしの苛酷を体験した私たちは、みんなを見習って、すぐにバギーを借りた。バギーは、ブルンブルンブッブッと旧式に大きな音を立て、スピードはあまり出ない、それでも安定感だけは抜群で、畑仕事のトラクターに毛が生えたような乗り物だ。