Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記
1.アテネまでの道中
2013年8月28日 水曜日
●1. パスポート事件
かなり浮き足立った気分の成田で、いきなり出鼻をくじかれる事件が起こる。
「パスポート事件」である。
ルフトハンザのチェックインカウンターで、私のパスポートを渡すと、小柄で感じのいい日本人女性が、申し訳なさそうな顔を作っている。
「申し訳ありませんが、お客様のパスポートは有効期限が今年の12月5日となっております…。
今回の旅程では最後のオランダからの出国が9月7日の予定…。
ヨーロッパのほとんどの国では、入国審査における基準として『出国の日付からパスポート有効期限の間で3ヵ月必要』ということになっております…。
つまり、パスポートの有効期限は12月7日まで本来は必要です…。
ですので、このまま成田を出発しても、経由地ミュンヘンまたは最終目的地のアテネにおいて、入国を拒否される可能性があります…。
どう対応するかはお客様次第です…。
今回は、3ヵ月を満たしていないとはいえ、たった2日足りないだけですので、問題なく入国できるかもしれません…」
このように、彼女の語尾にはすべて「…」がついていた。
そのくらい言いにくいことだったのだろう。
そしてそれは私たちにとってはスーパーマリオのドッスンが不意に上から落ちてきてよけきれずにそのままぺしゃんこにされたような気分になることだった。
要は今すぐパスポートを更新して有効期限を延長するか、復路の日程を早めるか、どちらかにせよ、ということのようなのだ。
そんなルール、知るわけない!!!
私たちはその場で出発までの限られた30分程度の時間の中で、とりうるすべての選択肢を列挙し、急いで、時には二人で並行で各所に電話問い合わせをしたりと最大限の効率でこの問題にあたった。まさにフル回転である。
・対策1 パスポートを今日1日で更新する。(出発は明日に変更する)
・対策2 帰りの日付を9月5日に早める。
・対策3 基本はこのまま突破する方向だが、帰りの日付を早めた9月5日のフライトも念のため仮押さえしておいて、入国拒否された場合にすぐに9月5日に変更可能なよう手筈を整えておく
・対策4 ヨーロッパに入った後で現地の日本大使館でパスポートを更新する
・対策5 何もしないでこのまま強行突破
むろん、ハプニングの予感はしていたのだ。ギリシャという土地柄、主に村上春樹の「遠い太鼓」の影響もあって、ギリシャはゆるやかな空気がすばらしい反面、なんとなくいろんな物事が整備されていなく、これまでの旅に比べても、ハプニングが起こる可能性が高いのではないかと。
しかしこのような形で最初のハプニングが到来するとは思ってもいなかった。
ギリシャなんて関係のないハプニング。
単純な私の情報調査漏れである。なんとなく海外慣れしている気分でいて、旅行はもちろんツアーパックではなく個人で全部組み立てた旅行である。この思い上がりが今回のハプニングにつながった。
ともかく、対策5はありえないとして、対策1はパスポートを今日1日で更新するのは不可能ということが判明し(少なくとも1週間はかかる)、NG。対策4もそもそも入国できなかったら難しいのでNG。
ということで、対策2か3をとることに。
ANAマイルで買ったチケットなので、ANAの人に相談して、対策3を対応してもらえることに。
つまり、いったんこのまま強行突破を試みるが、入国拒否されたら帰りの日付をやむなく基準を満たすように前倒すというものである。
●2. アナザー・ワールド
そんなわけで、行きの機内では、楽しい幸せな新婚旅行ムード、というよりは、二人とも「入国できないかも」という不安(特に私)を抱え、どうしてもいつもの旅行のように手放しでははしゃげない、微妙にどんよりとした曇り空のような空気であった。
そんな中、行きの飛行機ではよしもとばななの「アナザーワールド 王国 その4」を読了。
これはよしもとばなな氏がミコノス島好きということで、ミコノスを舞台にしたシーンが結構登場する小説である。
ということで、今回の旅の前に読もうと思って買った本である。
読み始めた当初は手ごたえがなく、きらきらを造ろうとする文章が自分の好みには合わないなあ、といった感想だったのが、最後のあたりから読み終える頃には結構な量の涙を流してしまっていた。
人生の美しさ、それをなるべく美しい文章を使って表現し、人間としてどう生きるべきか、家族のさまざまなあり方とどんな家族でも大事だということ、そんなようなことをさらっと流れるように描いた小説だった。
おかげで幾つかの文章はノートに書き留めることになった。
そのような微妙に中途半端なテンションの中、経由地ミュンヘン到着。
厳しそうな年配の入国審査官に当たらないよう祈る中、私たちは若い金髪審査官に当たった。
「あなたのパスポートは今年12月期限なんですね?」
「はい」
さらなる問い詰めを予感していたが、そのあとは質問はなかった。
大丈夫だった!!!
この瞬間、それまで緊張に包まれていた私たちの旅に対する期待は解放された。
実際のところ、日本人(成田のルフトハンザの担当者)のきっちり感は、ドイツ人(金髪審査官)にすら勝っていたのだ。
アテネに到着したのは夜で、私たちはその晩、アテネ空港からピレウスという港町に移動することになっていた。
夏の夜のアテネ空港は静かで、暑いけれど風が気持ちよかった。
ピレウスに向かうバスは発車するまで真っ暗なまま停車していて、そんな中に人々は乗り込んでいっており、少し薄気味悪かった。
ピレウスに移動した理由は、翌朝ミコノス島にフェリーで行くためにこの港町にホテルをとったからだったが、このピレウスの汚さは想像を絶した。
道はゴミのにおいがするし、道路は汚い何物かでおおわれていた。
ホテルはこぎれいではあったが、シャワーのスペースの小ささは想像をさらに絶した。
30センチ四方ほどの枠があって、そこにカラフルなシャワーカーテンが張られていた。
30センチの正方形のシャワーカーテンの中でどうやって外に水を飛ばさずにシャワーを浴びられるだろうか?
まあ、ミコノスに行くために今晩寝るだけだし、と二人して開き直って、短い睡眠をとった。
作品名:Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記 作家名:夏目 愛子