Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記
と、思い出したところで、このパンゾルバはいったい何歳なんだ?と思い至る。春樹のヴァンゲリスは少なくとも年金をもらえるということで私の中では60歳前後である。
「引退かぁー、いいなぁ!ところであなたは何歳なの?」
「43さ」
43歳で引退!
なんと素敵な人生!
ここにギリシャ経済破綻とセックス回数世界一の根幹を見た気がした。きっと(これは推測でしかないが)ギリシャでは、43歳で退職とは、めずらしいことではないのではないか。後日、というかこの旅行記を書きながら、気になって調べてみた(いずれも出典はOECD2006−2011年)。
「実効リタイアメント年齢」制度上の定年ではなく、国民が実質的に労働市場から脱落する年齢
日本 69.3歳
ギリシャ 61.8歳
結論:日本は確かに働かなくなる年齢が高いけれど、ギリシャもさほど低くもなかった。
ついでに、もうひとつ見つけた情報。
「年金がそれまでの収入の何%まで補うか?」
日本 34.5%
ギリシャ 95.7%
結論:驚愕の事実。それは早めに引退したくもなる。
それで、話は戻って、パンゾルバである。
「君たちも一緒に来るかい?」
連れて行かれたのはフェリーの操縦室である。大きな木製のハンドルを使って船長が操縦している。他にも2人ほど、クルーが座っている。
「ヘイ!こいつら、今、デッキで出会ったんだ。よろしくな!」
パンゾルバはいたって陽気である。しかし船長や他のクルーたちはさほど私たちを歓迎していないようでもある(少なくともパンゾルバほどは歓迎していない)。私たちも極力陽気なテンションで話しかけ、さらに操縦室に初めて入ったことに驚きの色を見せる(実際に初めてだったので嬉しかった)。パンゾルバはマイペースに続ける。
「操縦してみなよ」
「え?いいの?だって、練習とかじゃなく、ほんとにお客さん、乗ってるんだけど・・・」
「だいじょうぶだよ!」
船長にも念のため「だいじょうぶなんでしょうか」ときいてみたが、船長も「イッツオーケイ」とクールに交わす。
私なんかが操縦してもだいじょうぶなのかという不安と、まあでも大海原の上なわけだから舵取りしてもしなくてもそんな変わらないでしょというなめきった考えとが入り混じりながら、ハンドルの前の椅子に座る。ハンドルは重く、船も重かった。少し左右に動かすだけでも大きく船の向きが変わるのがわかる。次に、夫も同様に重々しい手つきで舵をとってみる。
1分ほどずつの舵取りを終えて、世間話をしてから、船の客室に戻る。
実際はあまりに疲れたため、客室の長椅子でうとうととしていた。目が覚めると、私たちの後ろには、何食わぬ顔をして、おそらく私たちに気づきもせず、例のパンゾルバが私たちと背中あわせで座っていた。そして、時折、人々がそばを通るとにっこりと話しかけていた。油を売るとはまさにこういうことである。おそらく、であるが、ものすごおおおく、暇なのであろう。
うとうとしているところ、波がものすごいのと、それに揺られて海底の岩?にぶつかる感じとで、また苛酷なシチュエーションではあった。けれども、みんながデッキに出て騒ぎはじめたので、何かと思って私たちもデッキに向かうと、この紺色の大海原の上から見る夕陽が、なんとも雄大で、荒々しく、真っ赤で美しいのであった。ギリシャに来てからはほとんど毎日、夕陽を見ている。しかし、このときの夕陽は、ミコノスの洒落た海岸レストランから見る夕陽とも違うし、ケファロニアの穏やかな砂浜で見る夕陽とも違っていた。なにか、自然の大きさや強さをじかに感じる、別の美しさを湛えた体験であった。
無事、ケファロニア島の港に着いたのは夜も遅く、ホテルのあるペタニ・ベイに戻るまでは約1時間かかる。したがって、ペタニ・ベイに帰るまでの間にあるアルゴストリという中心街に立ち寄って夕飯を食べることにした。正直、ここでは選んだレストランも東京にありそうなものであったし、野蛮な島での苛酷な体験により多大な疲労状態にあったため、ほとんどの会話や人物も印象に残っていない。しかし、唯一印象的であったこと、それはアルゴストリの広場では、夜24時を回っても、大勢の子どもたちが(それは本当に大勢としかいいようがないほど大勢だった)、野球場で見られるナイター試合のライトのようなまぶしい光のもとで、めいっぱい遊んでいることだった。自転車にのったり、一輪車にのったり、サッカーをしたり、駆け回っていたり。そもそもこの日は平日真っ只中である。仮に夏休み中だとして翌日学校がないとしても、日本の感覚からしたらいくらなんでも夜遅すぎる。
なんたる。
タバコがどこでも吸える点といい、こういった無邪気な育児方針といい、なんだかギリシャっていうのは、日本の昭和くらいの時代感覚がする。そしてそのマイペースさがとってもいとおしい。
作品名:Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記 作家名:夏目 愛子