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夏目 愛子
夏目 愛子
novelistID. 51522
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Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記

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 帰ろうと車に乗り込んで、カーナビに「アギオス・ニコラオス」と入力する。フェリーの港の名前だ。検索結果0件。当たり前だ。これはケファロニアのHertzで借りた、しかも超ポンコツのカーナビだ。
 
 まずいな。
 
 道がわからない。
 苛酷がさらに私たちを追い詰める。
 
 二人とも、顔がまじめに焦っている。というか焦り以外の何物もない。残り時間は1時間弱。もしもフェリーに乗り遅れたら、この何もないザキントス島に一泊する必要が出てくる。さらに翌日からのアムステルダムへの出発フライトなどにも間に合わなくなる。
 
 とりあえず北と思われる方角に車を進める。途中の洋服屋さんで地図を見ながら道を訊ねる。道は通りの名前がついているわけでもなく、街の名前を目印に進むしかない。地図ももらったにはもらったが、地図の示す範囲は広すぎて、参考程度にしかならない。洋服屋さんのすらりと素敵な中年女性に教えてもらったことは、わかったようでよくわからない。が、とにかく焦っている。時間がない。とりあえず何回か、言われたとおりに曲がったけれど、本当に正しい道順で来ているのか、わからない。
 
 勘と、時折見かける街の名前の標識を頼りに、なんとなくくねくねと曲がり、高台のような丘のような場所にある村のような場所まで来た。このあたりで、もう一度訊いてみようか。まわりに何もない道に、ぽつんと古風な広々としたローカル・レストランがあったので、入って、訊いてみた。しかし、誰も英語がわからない。仕方がないので、店長風の老人と、地図に印をつけながらお互いに片言で会話する。
 
 「AGIHIOS NIKOLAOS」
 の場所にぐるぐると丸をつける。
 
 彼は、あー、あー、とわかったような顔をして、にこにこ頷いている。ここを出て坂を下って道なりに行けばいい、そういう風に指で指し示す。
 
 なるほど。坂は下ると。・・・そこから道なりって???具体的には全くわからない。
 
 それでもこれで会話は終了するしかない。何しろ時間がないのだ。とりあえず坂を下る。右手には平原があって、それから海が広がっている。まだ丘の上のような場所ではある。少し村らしく家々が建ち並んでいる風景に変わってくる。この道このままで合っているのだろうか?不安なまま、車を進め続ける。
 
 この丘の上の村には村人たちが多く行き交っていた。その大半は、家や店の外のテーブルに集まって、椅子に座ってのんびりと話に興じているだけである。とある白ひげの長老風のゾルバがやたら目立つ3人組が見えたため、港までの道を尋ねる。
 
 「アギオス・ニコラオス?それはこの道であっとる。これをまっすぐいけば、そろそろアギオス・ニコラオスと書いた標識が見えてくるだろう。ただな、おまえたち。帰りの船は、もうあと10分もせんうちに出るぞ。間に合わんのじゃないか」

 長老のその言葉に私たちがパニックになったのはいうまでもない。
 そう、私たちは19時を目標に進んではいたが、フェリーの正確な出発時刻を把握していなかった!19時まではあと20分はある!でもあの長老があと10分というならあと10分なのかもしれない!紙のチケットなるものは存在しないし、インターネットにも接続できず、正確な出発時刻を把握する手段はない。
 
 とにかくあと10分というなら是が非でもこのでこぼこ道を進むしかない。なんとなくいやな絵が頭をよぎる。フェリーに乗れず、このザキントスで嫌々一泊している絵だ。
 
 あと10分という長老のリミットはちょうど越えてしまったころに見覚えのある港の景色が目に入ってくる。
 
 「あー!ここじゃね!」
 
 一瞬、ふたりの顔に笑みが浮かぶが、すぐに、ふたりともその笑みを消す。長老のいうとおりだったなら、もう船は出発しているはずだ。
 おそるおそる、しかし超高速で、港まで車を運ぶ。
 そこで私たちが目にしたのは、港に並ぶ、車の列だった。これで、船が出ていないことは半分くらい確定だった。でも、もしかしたら他の島行きの船かもしれない。列の先頭あたりを見ると、船長風のユニフォームに身を包むすらりとした男がいて、これは行きの私たちの船の船長と同じ人物である気がする。
 
 「これはケファロニア行きのフェリーを待っている列ですか?」
 
 クールな船長はにっこりと微笑む。
 
 このときの私たちの安堵といったら!!!
 
 結局、船の出発は19時過ぎてからだったように思う。少なくとも、あと10分と長老が言ったときからは10分は優に超えていた。
 
 「あの長老、めちゃ嘘つきじゃね!」
 「まじ、嘘つきじじいじゃね」
 
 結果、長老を嘘つきじじいと勝手に命名し、笑えるような事態になって、ほんとうによかった。長老には申し訳ないけれど。
 後に旅の写真を見てみると、シップレック・ビーチを崖の上から見た写真の後は、一切写真が残っていない。写真を撮る余裕がなかったのだと思われる。そのくらい、苛酷な時間であった。
 
 
●3.パンゾルバ
 
 無事、船に乗り込み、五重苦のひとつであった、「青の洞窟で泳いだ以来着替えていない水着とその上にパーカーを羽織った状態」を解消すべく、お手洗いに入って着替えを行う。その帰り道のデッキで、二人のゾルバがにこにこと話しているのに遭遇する。
 一人はやたら大柄で髪の毛もいい感じにぼうぼうの、いかにも野蛮な男。もう一人は一般サイズの男。野蛮なほうは、その大きな顔のさらに2.5倍ほどもある丸いパンを両手に持ってむしゃむしゃ食べている。彼はそれを誰彼かまわずちぎって渡しているようで、私にも満面の笑顔でちぎって渡してきた。隣の男を見ると、彼もむしゃむしゃと食べている。
 
 「僕の家族が作ってくれたんだ。おいしいよー」
 
 遠慮なくいただくと、本当においしかった。外側はぱりっぱりで固く、内側はほわほわとしている。しかしどっしりとした重みもあって、なんだか大地の味がする。そんなパンだった。
 
 私は、おもしろいゾルバを発見したと嬉しくなり、すぐに、客室内にいる夫を呼びに行く。
 
 パンゾルバはもちろん、当然のごとく、夫にもパンをちぎって渡す。
 
 「ここで何をしているの?」
 「俺たちは船のクルーでな、やることないからここでしゃべってるだけだよ」
 「クルーって何するの?」
 「俺は担当はメカニックだよ」
 
 なるほど、メカニックだと、想像できることとしたら、出発前の点検と、運転中はトラブルの際の修理、とそんなところか。だから、運転中は暇なのかな。そんなことを日本語で夫と笑って話した。
 
 「でもなぁ、俺はもうすぐ引退なんだ。来年だ。そしたら退職金もらって、家族と住むんだ」
 
 彼の顔はほんとうに嬉しそうだった。同時に私は村上春樹の「遠い太鼓」に登場したギリシャ人、ヴァンゲリスを思い出した。
 
 「ヴァンゲリス、貧乏。でもみんな元気」
 「なあ、ハルキ。あと六ヶ月だよ」と彼はウインクしながら言う。「あと六ヶ月で年金がおりるんだよ」年金のことを本当に楽しみにしているのだ。
 
 など数々の名言、名シーンを残した、あのフラットの管理人である。