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夏目 愛子
夏目 愛子
novelistID. 51522
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Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記

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 無言で暗い顔で15人ほどで満員の、モーター駆動のボートに乗り込む。私たち以外はみんな白人だ。子どもも多かった。そして現地のゾルバ1名が運転手である。真っ青な海の上の小さな船の上、日差しがもろに肌に突き刺さる。逃げ場はない。顔が自然と険しくなる。ザキントスの『青の洞窟』は海側から海岸線を見たときに見える洞窟風の岩の連なりで、本当に岩に覆われて内側に存在する洞窟というのとは少し違っていた。景色を見たときの感動、という意味ではケファロニアの『青の洞窟』のほうが圧倒的に素晴らしかった。それでも、ザキントスはザキントスで、一味違う楽しみを与えてくれた。
 
 「はーい、ではここでボート一旦停止しまーす」
 
 ボートのエンジンが止まる。岩場に近いが、浜や浅瀬などはない、海のど真ん中である。
 
 「みなさん、ここで20分時間がありまーす。好きなように泳いでくださーい。集合をかけるから、声が聞こえる範囲でね!」
 ゾルバ運転手は、日焼けした顔をにこにこと輝かせて大声で言う。
 
 みんな、上着を脱いで水着になる。船上からザッバーン!と子どもたちが一番に飛び込む。それから、おじさん、おばさん、おねえさん、おにいさん、みんなが勢いよく飛び込む。水泳の得意な夫はすでに飛び込んで、笑って手招きをしている。と、思ったら、何かに気付いたようで、急いで海に再びもぐる。30秒ほど経っただろうか、まだ水の上に顔を出してこない。どうしたのだろうと思っていると、カメラを上にあげて笑顔で顔を出した。
 
 「カメラ落としてしまっとった!よかったー!」
 
 あぶないとこだった!!!
 そんなこんなを見届けて、私は飛び込むのが一番最後のほうになってしまった。それでも私も上着を脱ぎ捨て、勢いよく飛び込む。
 
 
 
 ここの海の色。
 
 
 
 絵の具で、幾種類もの青を、濃く塗り重ねたような、不思議に濃い青色。濃いのだけれど、群青色でもなく紺色でもない。水色もしっかりと見えるし、透明度もある、濃い青なのだ。
 もぐっても、この濃い青はそのままだった。これには本当にびっくりした!自分は、自然の景色とかそういったものを心から美しいとかって思うようなタイプの人間ではないと思っていた。どちらかというと、人間の心の動きや人間の造形美、要は物よりも人間に興味や美しさを感じるタイプだからだ。それなのに、この青、ザキントスの海の青には、ハートを討ち抜かれた、という陳腐な表現がぴったりくるほどの気持ちになった。なんだかすべてがどうでもよくなるような、この美しさ!そして水の気持ちよさ!砂浜や浅瀬がないということもあり、開放感が半端ない。自然の中に放り込まれた感じ!
 私たちははしゃいでいた。はしゃいで海の中でお互いにおどけたポーズやらふざけたポーズやらをとって写真を撮り合った。
 
 「なんか、あっちのほうは道みたいに見える!!!もぐって見てみんさい!」
 「ほんまじゃ!」
 
 夫はもぐっているうちに、海の中で、岩と岩にはさまれて道のように見える場所を見つけたらしく、それを教えてもらってふたりで大興奮。とにかく、子どものように遊べて、本当に楽しかった。20分なんてあっという間で、集合をかけられて、終わり。
 
 シップレック・ビーチに行けなくて暗くなっていたことなど忘れて、ふたりとも機嫌も治ってしまっていた。
 
 そのあとは気を取り直して、シップレック・ビーチを上から観るために、崖の上までドライブ。
 遠目に観たシップレック・ビーチは圧巻の絵だった。海の青さ、まわりの崖の芸術的美しさ、それらの常にみずみずしい自然の中で、ぽつんと浜に残された茶色い古い朽ち果てたような船。そのコントラストこそが、単純な美ではなく、どことなく物哀しい味のある哲学的な美しさを生み出していた。
 
 繰り返しになるが、シップレック・ビーチは、確かに、圧倒的すばらしさだった。ただし、このあたりから、ザキントスの苛酷道中が度を増してくる。
 
 
●2.苛酷道中
 
 シップレック・ビーチをきれいに観るための場所に行くには、高い高い崖(おそらく標高500メートルくらい?)の上の岩場を結構な距離を歩かなければならない。そんなことまでは知らない私は、その岩場にやや厚底のビーチ・サンダルで臨んだ。岩場というのは、歩くのに普段取らない姿勢をとることになるため、意外と疲れる。さらに厚底ビーチ・サンダルで、15分も20分もとなると、結構な足の痛さである。
 
 車に戻ってきたときには、私の機嫌はかなり悪くなっていた。
 機嫌が悪いというよりは、ほんとうに足が痛くて疲れてしまっていた。
 
 靴は厚底ビーチ・サンダル、服装も青の洞窟で泳いだ以来着替えていない、水着とその上にパーカーを羽織った状態。水着は濡れたままだ。気温はめちゃくちゃ暑いから、濡れていても冷たくはないが、濡れたままというのは、気持ちいいものではない。
 それから、ザキントスの道は、舗装がきれいにされておらず、ほとんどの道がでこぼこ道だった。そのでこぼこ道を、例のHertzレンタカーで借りた小さな2人乗りの車で行くわけである。乗り心地がいいはずがない。
 さらに、車の中で音楽をかけようにも、いつもは後部座席に置いておく、iPhoneが差しこめるタイプのBOSEのポータブル・ステレオが、後部座席では道がでこぼこ過ぎて、不安定で、すぐに落ちてしまうのである。したがって、助手席の私がBOSEを抱えなければいけないという非常事態。
 
 崖歩きで疲れた足。濡れたままの水着の気持ち悪い感。でこぼこ道。BOSEを抱える。この時点で、すでに四重苦である。
 
 「どこ行く?」
 「とりあえず島の南の方面に行ってみたいかなー」
 
 ケファロニアに戻るフェリーの時刻まで、あと3時間くらいある。そして、もう行くべきところは行った。実際は、ものすごく行きたいところは、もうないのである。しかし、フェリーの時刻があるから、それまで時間つぶしをしなければならないという、四重苦の上に塗り重ねられる、五番目の苦。
 この五重苦のなか、私たちは何を目的とするでもなく、南のあたりのビーチを目指す。これが意外にも時間がかかり、ビーチに着いた頃には、フェリー出発まで残り1時間30分くらいだった。
 
 「泳ぐ時間、あるかな?」
 「どちらにしろ、私はもう疲れちゃったし、パラソルの下で本でも読んどるよ」
 「ちょっとだけ、俺、泳いでくるね」
 
 パラソルの下から見るザキントスの海は、なんと、荒れていた。強風という表現では足りないくらい、風が吹き荒れていた。
 
 これって、もしかして、ケファロニアに戻るフェリーまで欠航になってしまうパターンじゃ・・・。かすかな心配が頭をもたげる。 
 15分くらいすると、夫が無邪気な笑顔で走って戻ってきた。
 
 「そろそろ行こっか。結構時間やばいかね」
 「そうじゃね。シップレック・ビーチ観る崖から、1時間30分くらいかかったけぇ、フェリーの港には1時間あれば帰れるはずなんじゃけどね」