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夏目 愛子
夏目 愛子
novelistID. 51522
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Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記

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7.荒々しき島、ザキントスでの苛酷な一日


 
 
2013年9月3日 火曜日

 
●1. ザキントス・ブルー
 
 この日は早朝から、ケファロニア島のペサダというところから出ているフェリーに乗って、お隣の島、ザキントス島へ。
 
 紅の豚のモデルになったというシップレックビーチがほとんど唯一の目当てである。
 シップレックというのは難破船のことで、70年代にこの浜あたりに乗り上げてしまった船がそのままになってしまっているということ。崖に囲まれた小さな砂浜と真っ青な海、そしてその難破船が絵葉書のような絵を作っている場所。
 あとはこの島にも「青の洞窟」があるとのことで、この2つが唯二の目的地といったところである。
 
 ザキントス島へのフェリーは、日本から予約しようと試みたのだけれど、ネット予約はおろか、電話ですら1週間前にならないと予約は受け付けないという意固地なローカルっぷり。
 1週間前に日本からなんとか電話予約したが、予約番号なるものすらなく、
 「あなたの名前を言えば大丈夫だから」
 といわれた。
 
 ということで、とりあえずフェリー乗り場でチケットを買う。
 名前も何も予約のことは一切訊かれない。予約の有無すら訊かれない。だが、チケットは買うことができた。フェリーには、例のHertzで借りたオートマ車ごと乗った。ザキントスでも車がないと厳しいみたいだったから。
 フェリーの中は、そこそこ人はいて、数十人といったところだろうか。その中には、アメリカ人と見られる、あごのない太ったおじさんとごく普通の中年女性のカップルが、仲睦まじく、体を寄り添っていた。あの太り方、あのあごのなさはアメリカ人と推察される。アメリカ人もこんな場所まで来るんだなあ。
 
 ザキントス島に着き、早速、シップレックビーチへ連れて行ってくれるボートの予約小屋に向かう。
 シップレックビーチは島の端っこにあるのだけれど(ビーチだから当たり前)、ここに行くには断崖絶壁すぎて、車では行くことができない。だから車ではなく小さなボートで行く。それが唯一の方法である。15人乗りくらいの、小さなボート。
 ボートの予約小屋は5〜6軒あって、それぞれが四角い木造りの、人が一人二人立って入れるような小さな縦長の箱のようなものの中に人が立っている。そこでみんなが多少の価格競争をしながら、がんばっている。
 
 いくつか予約小屋をまわったところ、10時出発と11時出発があるとのこと。今の時刻は10時ちょっと前。急ぐのも好きじゃないし、水着を下に着ておきたいし、おなかもすいたし、なので11時出発にしようか、とチケットは買った上で、港近くのカフェで休憩。
 
 10時半頃になって、そろそろ早めにボートの場所に行っておくかなと再び予約小屋A(一番繁盛してそうなところ。私たちがチケットを買った小屋)に行ってみると、そこの店番の彼女、
 「ごめんなさい、ちょっと11時出発のボートは出発しないかもしれない」
 と申し訳なさそうな顔を精一杯に作って言ってくる。
 
 「え???」
 
 私たちはまたもハプニングの予感のするこの一言に、注意深く反応する。
 
 「今日は波が荒くて、もうボートが出られないかもしれないの。10時出発のはさっき出たんだけどね。11時出発のは無理かもしれないの」
 
 
 私たちの頭を絶望の二文字がよぎる。
 
 
 シップレックビーチのためにこの島にはるばる来たのに・・・?
 
 
 「もしも欠航になったらお金は返金するわ」
 

 あわてて、他の予約小屋をまわる。予約小屋Aは欠航するかもと言っているが、みんなどこも同じ状況なのか?
 
 予約小屋B(無責任そうだけれど調子だけは良さそうな大柄なおじさんゾルバが、スーパー内の小屋で経営している)
 「今日はわからない。まだわからない。波が大きすぎるから」
 
 予約小屋C(フェリーの港のすぐそばの無口でぶっきらぼうな翳のあるおじさんゾルバ)
 「今日は無理だ」
 
 予約小屋D(なぜか港から結構歩くところにある若めのにいちゃんゾルバ)
 「大丈夫だと思うよ!」
 
 希望の光が見え始める。
 
 予約小屋Dのにいちゃんゾルバ(つづき)
 「俺の本部はあっちにあるから、一緒に行こう」
 
 本部?
 
 とにかくその本部に向かって、にいちゃんゾルバと私たち3人で歩き始める。
 
 「日本人かい?」
 「うん」
 「ヤクザ、知ってる?」
 
 もちろん、アクセントは「ク」にある。
 そして唐突である。
 
 「ヤクザ?」
 「うん」
 「もちろん、知ってるけど。ヤクザが何?」
 「みんな、このあたりの予約小屋のやつらは、ヤクザなんだよ」
 「???」
 「マフィアとヤクザ、同じようなもんだろ」
 「うん、まあ・・・」
 「みんなね、適当なこと言ってるんだ。波が荒くて欠航だとか何とかさ。人をだましてさ。欠航なんて、ないさ!みんなマフィアだよ。気をつけろ」
 「ふうーん。(いったいそれのどのあたりがヤクザまたはマフィアなんだろうか???)」
 
 てくてく歩いて、彼の本部に到着。
 その本部とは、なんとさっき私たちが訪れた予約小屋B(スーパー隣接)だった。
 
 予約小屋Bの無責任おじさんゾルバ(あくまで見た目)が何やら険しい顔をして携帯電話で話をしている。
 予約小屋Dのにいちゃんゾルバは、「どう?」みたいな顔で無責任おじさんゾルバと目で会話をしている。
 無責任おじさんゾルバは険しい顔のまま、電話を切る。
 
 
 「やっぱり無理だ。今日は欠航だ」
 
 
 さっきまで欠航なんてないとのたまっていたヤクザ好きのにいちゃんゾルバは、驚くふうでもなく、そうか、と頷き、
 「ごめんよ」
 と一言置いて軽やかな足取りで去っていく。
 
 
 こんなのってない。
 もはや本当の絶望だった。
 なぜなら他にやることがない島に残されたあげく、計画変更になったから早めにケファロニア島に帰りたいと思っても、無理なのだから。
 なぜならザキントス島とケファロニア島の間のフェリーは、行きと帰りで1日1便ずつしかないから。
 
 空は真っ青な晴天で、悪天候の「あ」の字も見えない。それでも、シップレックビーチのあたりの波は本当に荒いらしい。
 
 海辺の岩場のちょっとしたスペースにあるテーブル席のようなところでとりあえず気を落ち着ける。私のほうはまだ大丈夫だけれど、感情の起伏のあまりない夫のほうが今回は落ち込んでいる。それもそのはず、彼は宮崎駿の映画が好きで、特に紅の豚が大好きなのだ。シップレックビーチに行きたいというのももともとは彼の発案だった。

 「仕方がないね」
 「うん」
 「まだ、ザキントス島の『青の洞窟』にも行けるし!それにシップレックビーチを崖の上から観ることができる場所もあるってガイドブックに書いてあったし。あとで行ってみよ」
 「うん」
 
 彼が落ち込むのも無理はない。誰にも非はない。彼は落ち込むと回復に時間が長くかかるほうだ。そっとしておけばよいものを、なんとか回復させようと私がむやみに話しかけて墓穴を掘ってもっと二人の雰囲気が悪くなる。
 
 「とりあえず、『青の洞窟』行きのボート乗ろっか」