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夏目 愛子
夏目 愛子
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Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記

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6.青の洞窟、アンチサモス・ビーチ、フィスカルドの街


 
 
2013年9月2日 月曜日

 
●1. バランス
 
 翌朝はペタニ・ベイ・ホテルを早々に出て、「青の洞窟」へ向かった。ほんとうの名前はメリッサニ洞窟。
 
 洞窟に入って進んでいくと、すぐにまぶしいほどに光る青が洞窟の穴から目に入ってくる。光る青のそばままでいくと、その正体は、洞窟内の湖で、そこは洞窟なんだけれど天井がなくなって空に筒抜けになっている。つまり、太陽の光が洞窟内の湖に入り込んできているという、極めて珍しく極めて美しい色の世界だった。
 この青は、ミコノスでは見たことのないような、鮮やかな絵の具のようなターコイズ・ブルーだった。
 
 小さな10人乗りほどのボートに乗って、一台のボートにつき一名のゾルバが、手こぎで湖の中を一周してくれる。ゆっくりと一周して、洞窟内にいられるのは10分か15分ほどだろうか。
 帰り際もまだその美しさは名残惜しく、洞窟の入り口に向かう道で何度も振り返っては光る青を目に焼き付けた。
 
 次はペタニ・ベイ・ホテルの女将が丸印をつけて「Pool」とメモを書いてくれたビーチへ向かう。名前はアンチサモス・ビーチ。なにやら、プールのように波がおだやかで水が透明だということで、女将いわく「Pool」ということだった。
 
 ビーチへの道のりでは、何度か山羊を見かけた。首輪をつけているので飼い山羊なのだろう。のどかなのだ。
 
 アンチサモス・ビーチ。
 ここの海は、ほんとうに澄んでいて「青色」だった。青の洞窟と同様に、ミコノスでは見たことのない、透明な「青」。ミコノスの海は、美しく澄んでいるけれど「透き通った薄い水色」であった。
 
 しかもこのケファロニアの海では、砂浜から海を見ると、浅瀬から沖に向かう途中で、浅瀬側と沖側にくっきりと二分されているように見える。つまり、色が二色で、浅瀬側と沖側で異なる色なのだ。浅瀬はほとんど透明に近い薄いエメラルド・ブルー、沖は濃い青。二色の境界のところで水にもぐって見ると、驚くことに、水の中でも同様に、水の色が二分され、極端に違う2つの色に見えた。
 
 私たちはこの初体験におおはしゃぎした。何度もその色の区切りのところでもぐっていた。
 
 その興奮もひと段落すると、あとはゴミ一つない、きれいで過ごしやすいビーチで、モヒートを飲みながらサンベッドに寝っ転がってお互い思い思いに本を読んだり眠ったりして過ごした。このビーチは、洗い場やトイレなどもとてもきれいで、ほんとうに過ごしやすかった。
 時間も何も気にせず、ゆるやかで穏やかな至福のひととき。
 
 時はあっという間に過ぎて、空は薄いピンク色に。
 もうひとつ行きたかった洞窟、ドロガラディ洞窟に着いたときには、もう洞窟はしまっていて、入れなかった。それでも全然よかった。観光をするよりも、時間を気にせず気ままに動く、このことのほうが大事だった。
 
 ふたりとも落ち込むことなく、次なる目的地、フィスカルドという街へとドライブする。車中の山道から見える薄いピンクとグレーと水色が混じったような空、それと溶け合う海。ケファロニアの持っている自律性がなせる業というようなすばらしい静けさと景色のバランス。ドライブの音楽は、DJ HIKARUのSUNSET MILESTONE。この少々南国性を感じさせるゆったりとしたグルーブのソウル、ハウスといったクラブ・ミュージックは、この幸福な日のひとつひとつの瞬間をより幸福にさせると同時に、この幸福な日の象徴のようなものになった。日本に帰ってきてからもこのアルバムを聴くとケファロニアを思い出す、そのくらい密な記憶となった。
 
 フィスカルドに着いたのは、陽が落ちた後だった。
 フィスカルドは、島の北側に位置する、自家用クルーザーやプライベートヨットが集まる、品の良い港町。私もすぐにこの街が好きになったが、夫はもっと気に入った様子だった。しきりに
 「俺、ここ好きじゃー」
 を連発している。
 
 青、オレンジ、黄色、赤、緑。カラフルな小型の船たちが夜の港を彩る。
 その港のそばをふらふらしてから、港に面したレストラン(EZTIATOPIOと看板にはあった)で、シーフード・グリル・プレートとほうれん草のようなものの炒め物を食べる。しかし、それより何より、ここの赤ワインとパンが美味しかった。ワインのラベルには「Gentilini」とある。おそらくワイナリーの名前だ。これはケファロニア当地のワインとのことだった。深く、しかしさっぱりとしていて、異常に飲みやすい。香りも癖がなく、なんとなく土の香りがする。そんなようなどっしりとした、しかし重すぎない、ワインだった。
 
 「ワイン、これめちゃ美味しいね」
 
 そんな他愛ない会話を交わしていると、隣のテーブルにいつの間にかバイオリニストが現れていて、サン・サーンスの白鳥を弾き始めた。
 
 「この曲、結婚式の教会に新郎入場するときに使った曲じゃん!」
 
 そんな感じでまわりで盛り上がる私たち。バイオリニスト氏の演奏は、もちろん、上手には上手だが、なんとなく優雅さがないぶん一生懸命感が伝わる、そんな演奏だった。バイオリニストの男性は何フレーズかごとに各テーブルをまわる。お店の気の利いた演出なのか、個人的に自由にやっているだけなのか、よくわからない。とにかく、完璧な演奏ではないという点がまた場におかしみを与えて、素敵な微笑ましい空間になっていた。
 
 この日は事件らしい事件は起こらない平和で美しい日だった。
 
 ふたりで何を話したのか、もうあまり覚えていない。
 それでも話はいつもどおり弾んだらしく、帰り時間は遅くなり、運転手である夫は眠さに必死に耐えていた。眠さに耐えるのに、いつもはしりとりやマジカルバナナなどで遊ぶのだが、私の方も眠気に勝てず、参戦してあげることができなかった。
 うとうとしながら思った、いつかこのケファロニア島のように、自律しバランスのとれた幸福と余裕の中に生きることができる優雅な人間になれるのだろうか、と。