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夏目 愛子
夏目 愛子
novelistID. 51522
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Modern Life Is Rubbish ギリシャ旅行記

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 この方法であれば、最初から私たちにだってできるし、そもそも行ったこともない場所の細かな地図レベルでのポイントができるわけがない。
 
 結局、私たちは、おそらく操作方法は間違っていなかったのだ。
 ギリシャの島々のカーナビは、おそらくまだ未開で、進化の過程にあるのだ。
 ということで、私たちは、ホテルの近くの街のうち、カーナビに登録されている街をまずは目的地に設定して、あとは標識に従うというごく常識的な方法を採ることにした。
 
 
●2. 穏やかな幸福
 ホテルを目指すドライブでは、なんとなくの違和感がまだふわふわと二人の間を、車内を、浮遊していた。あんなにも楽しかったミコノス。あんなにも個性的だったミコノス。あんなにも美しかったミコノス。それがこのケファロニアの眺めといえば、雄大な山の緑と海の碧、そして空の空色。確かにスケールは大きいけれど、あまりにも何もない。いったいここに「何か」があるのだろうか?
 
 カーナビで近くの街まで来て、あとは標識に従いながら進んでいた。とあるT字路に来て、左側の矢印で何とかという町、右側の矢印で「ペタノイ・ビーチ」とある。私たちのホテルは「ペタニ・ベイ・ホテル」である。そして、紙の地図上でも私たちのペタニ・ベイ・ホテルは「ペタニ・ビーチ」のそばにある。
 
 「ペタノイ・ビーチ?」
 
 私たちはまたもや顔を見合わせる。ペタノイ?ペタニ?どっち?ペタノイに行けば合ってるの?と二人の顔は共通の疑問を物語っている。
 ホテルに電話をしてみる。今、T字路にいるけれど、ペタノイ・ビーチのほうに行けばいいの?
 電話に出たのは、日本でいうところの九州のおばちゃんといったイメージの訛りの強い、豪快な笑い方をするおばさんで、
 「ペタノイ・ビーチ、オーケー、ユー・ゴー・ライト、ゼン、ゴ−・ライト・ゼン、ゴー・アズ・ザ・ロード・ゴーズ。オーケー?ユー・ゴー・ライト、ゼン・ゴ−・ライト・ゼン、ゴー・アズ・ザ・ロード・ゴーズ。オーケー?」
 と、壊れたぜんまい仕掛けのおもちゃのように同じことを延々とそれはそれはそれは大声で繰り返した。
 とにかく、ペタノイ・ビーチと書いてある方へ行くしかなかった。
 
 なんとかおんぼろカーナビとともにペタニ・ベイ・ホテルに着いた頃には夕方になっていた。
 
 しかし、それはとても素敵な場所だった。想像以上の場所だった。
 それは、車の中でケファロニアに何もないことを内心不安に思った自分を恥じるほどに。
 
 小さなペタニ・ビーチを見下ろすほどの高さのある山道にその朱色を基調としたホテルはあった。
 インターネットで見た写真と全く同じに、プールの淵が海側に切られて、プールの水と海の水とが溶け合って混じり合っている光景があった。そこに空の青も混じって、この世のものとは思えないほどの美しさだった。
 そして、この場所の最も素敵なところ。それは、その、静けさだった。
 限りなく音が存在しない世界。
 俗世から隔離されている感覚。
 私たちは、すぐにペタニ・ベイ・ホテルが気に入った。
 
 荷物を置きに部屋に向かおうとする私たちをロビーで引き留めたのは、例の電話の豪快な女将だった。彼女の存在感の大きさ、これは他の従業員たちと全く異質のもので、彼女が女将だということは絶対的に誰にでもわかってしまう、そんな人物であった。
 「ちょうどね、あんたたちと同じ日本人のカップルが来てるのよ」
 私たちは同じ日本人カップルがいるといわれて、嬉しいというよりもこんなマイナーな島に日本人カップルがいるといわれて驚いた。
 「彼らはかなり長期間でのんびり滞在していて、確か10日間弱この島にいるってことだよ。あんたたちと同じでハネムーンらしい」
 そんな話をしているところで、ちょうどその日本人カップルが姿を現した。男性は背が低くまじめそうな人で、女性は男性と同じくらいの身長のショートカットで気さくそうな笑顔の人だった。
 「こんにちはー」
 彼女は日本語で話しかけてくれ、何日間いるんですか?あら、私たちはケファロニアだけにのんびり滞在なんですよー。今は下のビーチまで歩いていってきてー。などと世間話をして、終わった。とても爽やかなカップル。

 日本人カップルがロビーからいなくなった後も、女将はまだまだ私たちを解放してくれはせず、懇切丁寧に、地図にしるしやらメモやらを書きながら、ケファロニアの見どころを教えてくれた。
 「ケファロニアには何日いるんだっけ?」
 「今日と明日はずっとケファロニア。あと明後日は日帰りで隣のザキントス島に行ってケファロニアのこのホテルに戻ってきて泊まる予定だよ」
 彼女はあからさまに残念そうな顔をして
 「今日はもう夕方だし、ケファロニアをじっくりと回れるのは明日だけってことね」
 「そうだね。もうちょっとゆっくりできればよかったんだけれど。ザキントスも行ってみたくって、この旅程にしたの」
 「ザキントスね〜・・・」
 彼女は苦虫をかみつぶしたような、あるいは憎き者のことを思うような顔を作って見せた。
 「ザキントス、あんまり楽しくないの?あるいは、ザキントスのことあんまり好きじゃないの?」
 「好きじゃないどころか、大嫌いだよ」
 大嫌いというところは彼女は「Hate」という言葉を使った。英語で「Hate」は相当嫌いじゃないと使われない。
 「なんで嫌いなの?」
 私は笑いをこらえながらきいてみた。彼女はあまりにも感情があけっぴろげで、とても微笑ましかった。
 「なんでとか、理由なんてないよ。ただ、ケファロニアの人間は、ザキントスは好きじゃないんだよ。何にもないしね、あんな島」 
 強い郷土愛。こういうのって、郷土愛がほとんどない私は目にするといつもすごいなという尊敬のきもちと不思議なきもちとの両方に満たされることになる。
 
 部屋は数室しかなく、ちょっとしたコンドミニアムのような形で、ロビーと宿泊部屋とは別の建物になっていた。ホテルの中庭のような場所を歩いて、宿泊棟まで案内される。中庭には可愛らしいカラフルなすべり台や砂場があって、小さな子どもたちが遊んでいた。
 
 「あれはオーナーの娘たちです」
 案内してくれていた従業員が教えてくれた。女将はオーナーなのだ。そしてなんともプライベートなホテル。
 
 私たちは、とりあえず陽が落ちる前に、下のペタニ・ビーチまで行ってみることにした。車で3分ほどだという。水着も持たず、瓶ビールとグラスワインをそれぞれ片手に、ただふらっと遊びに行った。
 ペタニ・ベイ・ホテルと同じく、プライベート感の強い、小さな美しいビーチで、小さな海辺のバーが控えめに洒落た音楽を流していたが、それもうまくこの静けさとマッチしていた。
 人もほとんどおらず、私たちの他に、2、3組の人たちがいるだけだった。
 
 空は水色と薄いオレンジ色が、横に長くのびて溶け合って、新たな美しい色彩を作っていた。
 私たちは海岸の岩場にふたり寄り添ってこしかけ、海に落ちゆく夕陽を、何を話すともなく、ただ眺めていた。
 
 なんと贅沢な時間!