霧雨堂の女中(ウェイトレス)
その駅は、まあ、なんというか、『寂れた』という言葉がこれ以上似合うところもないだろうという風体だった。
私が改札に行くと、駅員が一人改札に立っていて、私の切符を受け取ると表面もろくに確認せず『有難うございました』と陰気に呟いただけだった。
私は、今自分が持っている切符が果たして精算に足りるモノなのかすら分からなかったが、とりあえずその場はそれで良しとして、歩き駅舎の外に出た。
はあと息を吐くと白く濁った。
それもそうだろう、今は12月。
白くて冷たい光を私に落とすのは駅舎の上にある蛍光灯で、私はふとそれを見上げてから、改めてどうしようか途方に暮れた。
もしも駅に降りるとしても、他にもっと良いところがあったのではないだろうか?
ふとそんなことを思うが、後の祭りだ。
財布の中にはそれでも、まだ福沢さんが何人か鎮座していることは分かっている。
だって、貧乏学生ながらに私はほとんどそれまでの貯蓄を全て引き下ろしてきたのだ。
ならば今からすることはある程度決まっている。
まずは、宿の確保だ。
それから、なんの偶然かは分からないが、折角やってきたこの街の探索だ。
ふと腕時計を見ると、時間は夜の6時30分を過ぎたころだった。
ビジネスホテルくらいはあるだろうけど、そのそも私にはその場所すら分からない。
駅の前にはまっすぐ伸びる道路があったが、その左右にぽつんぽつんとあるお店はどこも閉まっている。
私はもういちど空を見上げ、はあと白い息を吐くとそれがかき消えるのを待って、それからゆっくりと当てもなく歩き出した。
この街は田舎町だ。
言うまでもなく、それが真実だ。
だから、私は10分ほどとぼとぼと歩いて、その間に開いた店の一軒にも辿り着かなかったことに、ある意味感嘆していた。
なんと健全なのか、とか、コンビニの一つもないなどとは今時分にあり得ることなのか?とか。
しかし、そう思っていても詮の無いことだった。
だってこれは端的な事実。
あることはあるままで、それ以上は私にはどうしようもないしある意味関係がない。
宵の口を僅かに過ぎた程度の頃合いに私は、その街の静けさと穏やかとに言いしれぬ寂しさを覚えながら、こつこつとアスファルトの歩道を歩き続けた。
その時、ふと眼に入ったのがオレンジ色の明かりだった。
道路の右側にぼんやりと光るのは、私がこの街で初めて見つけたお店の明かりだと言って良いだろう。
人の背丈を少し越えるようなところでアーチ状に輝くのは、近づいて初めて分かったが、フードを被った蛍光灯だった。
その扉は木製で、線路の枕木のような深い茶色をしていた。
真ん中にはお店の名前だろうか、
『霧雨堂』
と書いてあった。
作品名:霧雨堂の女中(ウェイトレス) 作家名:匿川 名