霧雨堂の女中(ウェイトレス)
でも、私は彼に真剣だったし、彼と一緒に居たいと思っていたし、バカバカしいと思われるかもないが、将来は彼と添う可能性すらも漠然と考えすらしていた。
だけど彼にとって所詮私は一過性のオンナに過ぎなくて、快速以上の電車が涼しく通り過ぎる田舎駅のような存在で、いつか彼がひい、ふう、みい、ようと指折り数える落としたオンナリストに入る、姿形すら曖昧なオンナの一人に過ぎなくて、私だけがその事に気がついていなかった、と。
そう言うだけの話に過ぎない。
『恋は盲目』と誰かが言った。
けだしその通り。
私も盲目で、彼のほんとうの姿なんて見えていなくて、自分勝手な未来ばかりを妄想して、手痛い心の傷とやらを抱えて、センチメンタルなばかりのあての無い旅に出た、と。
これが今の私。
これ以上ではなく、未満でもない。
夕暮れを過ぎて街が紅から闇に染まり始めるとき、私は窓の外を見た。
すると鈍行の電車はその速度を緩め始めて、次の駅が近づいたことを私に識らせた。
私は、別にそこが目的地であったわけでもないし、降りるつもりがあったわけでもない。
でも、
『・・・えぇ〜、次は彩花〜、彩花〜。お降りの方は右側の扉が開きます〜・・・』
濁った車掌のそんな声が聞こえたとき、私はふと自分の腰を座席から浮かせていた。
全てはきっと偶然。
でも、偶然というのは、時にほんとうにそうなのかと考え込むような『結果』を生む。
考え込むような結果とは、この場合、
私は、
この街に来るように
何かに導かれたのではないかとか、
そんな妄想にすら駆られるような、言いしれぬ『結果』だ。
作品名:霧雨堂の女中(ウェイトレス) 作家名:匿川 名