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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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彼はそこで一度言葉を切った。
「自分の人生に直接関係ないとはいえ、ヒトに生き死にというのはそれが自分の言動に関係するとなると、そんなに簡単に割り切れるようなモノじゃない。
 私は悩みました。
 本当に、悩んで悩んで悩んだあげく、恨んだのです。
 恨んだのは、それまで頼りにしてきた『自分の才能』でした。

 気持ち図る才能、思いを知る才能、それは『悟るチカラ』で、私は自分のことを例えば古い民話に出てくる妖怪のようだと思いました。
 あの民話で、考えを読む妖怪は相手の人間が全く意識しない事故、つまり火にくべた木の枝の節が偶々はじけ、目に飛び込んできたものだからこそ、ひるんで逃げたのです。
 『人間は考えもしないことをするから怖い』と言い残してですね。
 私はある意味それを追体験したのです。
 私は『悟れる』と思っていたのに、相手は思いもよらない理由で自らの命を絶ちました。
 そうしたことで、私は怖くなったのです。
 自分が操れない事象があることが。
 運命の波の中で翻弄されることが。
 
 悩み、考え、それでもあふれる奔流のように世間に満ちる人々の昏い気持ちを知ることに疲れて、私がたどり着いたのがこのお店でした。
 ちょうどその頃この町では変な事件もありましたし、人々の気持ちが少しささくれ立っていたのかも知れません。
 ――『私鉄彩花線利用者行方不明事件』とか言いましたか。
 学生グループと酔っ払いが5,6人、一度に失踪したりしましてね。
 正直押しつぶされそうでしたよ。
 家の外にも出たくはなかったけれど、生きていく上ではそういうわけにもいかなかった。
 しかし世間には下世話な思想や想像や、もっと言えば妄想や中傷があふれていた。
 さらにその中の少なからぬ割合が、私の事件に向かっていた。

 耐え難かった。
 なので、私は実際自分の命を絶つことも考えたんです。
 彼に出会ったのはそのときです。