霧雨堂の女中(ウェイトレス)
「何もかも、結局自分の思い通りになることなんて無いんです。
私にはヒトの心が分かると思っていた。
だからこそ私は仕事で成功し続けてきたのだと。
でも実際は違った。
いや、ある意味それは正しかったのかも知れません。
しかし、私に『ヒトの気持ちが分かる』と言うことと、その結果ヒトに何かを伝えたり、そうやって『相手の心を思い通りに動かすことが出来るかどうか』と言うのは、当たり前ですが全くの別問題なのですよ。
私は自分のその才能故に業績をのばて来たと感じていた。
だけど、人の気持ちなんて言うのはおよそ煙のようなモノです。
いつだって『観測した瞬間の形』は、次の一瞬には完全に変化を果たしている。
私はそうして、かつてあるヒトの背中を押した。
無責任に押した。
その結果は、彼にある場所を飛び立たせる決心をさせるはずだった。
私はそのことに疑いを持たなかった。
だけど、実際にはそうならなかった。
彼は飛び立った。
飛び立ったのですが、飛んだ場所は彼がそれまであった社会や立場からではなく、実にとあるビルの屋上からだった。
彼は身を投げたのです。
それが全てではないにしても、私の言葉をはじめのきっかけにして」
作品名:霧雨堂の女中(ウェイトレス) 作家名:匿川 名