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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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−−で、もちろんそんなのは私の杞憂だった。
電話を取るとお母さんは『元気?』と私に語りかけ、言葉のやりとりがキャッチボールなら、私はよろよろといった体でどうにかそれに返事を返した。
そんなふうに話を続けながら、私はふとお母さんの言葉は例えば『穏やかな海』のようだと思った。
いろんな言葉を波のように投げかけながら、でも私に対して圧迫も詮索も一切してくることはなかったからだ。
あえて挙げるならば『ちゃんとご飯を食べているか』とか、『病気をしていないか』とか、そんなことが多少あった程度だ。
他は『隣の家が飼っていた三毛猫が三匹の子猫を産んだ』とか、『近所のスーパーでお米がずっと安い』とか、私たちがしたのはそんな本当に他愛もない世間話ばかりだった。
しかしそんな中でも、お母さんはどこか私には及びもつかないところで懐が深く、まるでお釈迦様の手の上にいる孫悟空であるような気分を少し私に抱かせた。
心地よく暖かな話はそのままに続き、平凡な日常の延長をそのまま切り取るように流れ、やがてなだらかに終わった。

結局、最後まで私は自分の今を話さず、お母さんは聞かなかった。
もちろん知りもしないことを尋ねるはずもないので、お母さんが私の現状について何も尋ねないのは自然であるとも思えた。
でも、よく考えるとお母さんは私との話の中で、一度も私の『勉強』のことについて触れなかった。
大学生が余所で一人暮らしをしているというのに、である。
なんだか、それが無性に私を憂鬱にさせた。
電話に出る前の気持ちに立ち返り、やっぱりお母さんには私の『今』の全てが電波とともに通じ、繋がったのではないかという思いがして−−これまたやはり仕方がなく、何ともやるせなかった。