霧雨堂の女中(ウェイトレス)
――なんとも、豪快な人だな。
私がそう思っていると、マスターは私の方にちらりと目配せをした。
一瞬私はそれでなぜか反射的に少しすくんだ。
その時はじめて男の目が私の方に向いた。
そしてそのままぐわっと大きく見開かれた。
「おおう、べっぴんさんじゃのう!」
男はそう言いながらまなじりを下げて、ちょいちょいと私に手招きした。
私がそれに応じて二人の所へとことこと歩み寄ると、男はまたぐいっと右手を差し出した。
握手かな?と思った私は右手を差し出し返す。
男は私の手をいきなり掴み、握り返すとぶんぶんと上下に大きく振った。
――しかし――
その一見乱暴な所作にもかかわらず、男の手には間違いなく力が加減されてるのが分かった。
「主のカノジョか?」
そして男はマスターに首を向けると、いきなりそんな事を尋ねた。
「違いますよ。彼女は峰原あやめ君。訳あって、今このお店に住み込みで働いている子です」
「そうか、そうか!」
男はそう言ってうんうんと頷くと、ひとりでしきりの何かを納得していた。
その間に、するっとマスターは私たちの間を抜けてカウンターに戻った。
その結果、必然私はこの豪快な男性とふたりになった。
作品名:霧雨堂の女中(ウェイトレス) 作家名:匿川 名