ihatov88の小咄集
44手料理 9/18
結婚してずいぶん経つが私は妻の手料理を食べたことが無い。自分自身が料理人であることと、お互い共働きで一緒になることが少ないのがその原因の一つなのだが、とにかく食べたことが無い。妻に手料理について話をするとはにかんだ笑みを見せながら、
「あなたにはかないませんから……」
と言うだけでなかなか作ってくれない。確かに気はつかうだろうが、私自身は腕の上手下手は気にしていない。私だって毎日店の賄いばかりでは飽きがくるし、一般家庭のお父さんのように仕事で遅くなって帰ってきたら手料理で迎えてもらいたい。しかし実際は妻とは時間のすれ違いで家に帰れば眠っていることが多い。私にはそんな願望は叶わぬことなのだろうか。
「ただいまー――」
日付も変わった深夜、私は一人帰宅した。当然ながら妻は寝ているし、部屋は真っ暗で静かだ。私は部屋の灯りを点けて食卓をみると、なんと妻が手料理を用意しておいてあるのだ。
「これは……」
私は今までなかった展開に興奮し私は椅子に座ると書き置きがあるのに気づきそれを手に取った。
お仕事お疲れ様です。
食事を用意しましたので
食べてください
長年期待していた妻の手料理があるのだ。家に帰ると食事があることがこんなに嬉しいことなのか。私ははやる気持ちで箸をとり、皿の上にある肉をつまんで口にいれ、ゆっくりと噛み締めると、涙がじんわりとこみ上げてきた。
「ううっ……、マズっ。何やこの味?」
以来私は食事を作り置きしてから職場に行くことにした――。
作品名:ihatov88の小咄集 作家名:八馬八朔