ihatov88の小咄集
63神の手、神の口 1/19
とある病院のとある看護師の控え室。休憩中の看護師2人が何やら噂話をしているのです。
「ねえねえ、ああ見えても先生は今でも『神の手、神の口』を持ってるの知ってる?」
先輩看護師は扉の向こうで白衣のままで食事をする先生の後ろ姿を指差す。若かりし頃はイケメンだったという本人のハナシだがそれは半世紀前の話、今は背筋の丸い好好爺って感じだ。
「まさかぁ」手を口に当てて小さく笑う後輩「今日だって先生に質問したら『えっ、あんだって?』って言われたのよ」
先生もいい年なので耳は遠い。患者にまでコントのネタにされるような始末だと付け加えては互いに笑う。
そんな若者の噂話も耳が遠いので聞こえるはずもなく、扉の向こうでズルズルと食事の音が聞こえてくる。
「戻ってきたら分かるわよ。まあ、見てなよ……」
二人はそのままガラス越しに先生の後ろ姿を観察し続けた。至っていつもの様子で食事を続けている――。
程なくして先生が立ち上がる音が聞こえた。二人は何も見ていなかったように仕事をするフリをしていると、そこへ先生が入ってきた。
「ほら、『神の手、神の口』でしょ?」
「本当だ……」
二人の感嘆する様子に先生は目を丸くした。
「えっ、あんだって?」
先生の耳にはよく聞こえてないようだ。そして先輩看護師はクスクス笑いながら、
「お昼カレーうどん食べましたよね?」
と言い 2人は揃って胸元を見た。先生の白衣には一点のシミもない。
「素晴らしい、正にファンタジスタだ」
「あん?今何つった?」
耳は遠いけど腕は確かなようです。
作品名:ihatov88の小咄集 作家名:八馬八朔