ihatov88の小咄集
70戦慄の教室 3/22
今年は一年生の担任をすることになった。教室で新入生を前に出席を取る、緊張の一瞬だ。机に座った一年生、後ろにいるのは保護者の皆さま。名簿を開けて
「それでは、出席を取りまーす」
と元気よく言って私は一番上にある名前から読み上げることにした。
「青山アンジ……」
「先生、私は青山杏慈梨華です」
「ああ、ごめんごめん。アンジェリカさん」
難しい名前だ。これは注意しておこう、ルビをふって再確認。
「続いて石井 空(そら)くん」
「違います。僕は石井スカイです」
またしても読み間違えた。空と書いてスカイと読むのか……。まあ空(カラ)と読まなんで良かった。
「ええと……、次は浦江 月(つき)さん」
「浦江ルナです」
これも当て字かいな、しかも英語でもない。人の名前と地名は読めなくても恥ずべきでないというが、学校の先生が三人続けて読めないのはちょっと問題だ。自己反省。
「次は……江川 光輝(こうき)さん」
「先生、僕は江川キラリです」
気まずい沈黙、それを破るかのように教室の後ろで初授業を見守る保護者がワサワサ言い出した。
「先生、いい加減にしてくださいよ。いつになったら名前ちゃんと読めるんですか?」
「そうだそうだ!先生だろ、しっかりしろよ!」
後ろにいる親たちが騒ぎ出すと教室は静寂から混沌へ、そもそもこんな難しい名前付けたのアンタたちじゃないか……とも言えず事態を収めるのに時間を使う。
「気を取り直して。次は……、チュラロンコン・チャチャイさん」
「はい!チュラロンコンです」
元気よく返事したのはチュラロンコンさん。キミだけだよ、まともに読めるの、だってカタカナだもん。
作品名:ihatov88の小咄集 作家名:八馬八朔