即興小説まとめ⑶
書生と雪
(title 冬の秀才)
「見て、雪が降ってきたわ」
「あらいやだ、道理で冷え込むはずね」
女学生の会話につられ、本から顔を上げ外を見る。
なるほど確かに雪が舞っている。
降っていると言うほどではない。
きっと山の方から飛ばされてきたものだろう。
店内は薄暗い。
煮詰まった珈琲は冷えきり、飲む気も起こらない。
私は途切れた集中を戻すことが出来ず、仕方なしに本を置いた。
私は冬が好きだ。
音も色も匂いもすべてが重い雪に飲み込まれ、私の五感に届かない。
だがそれでいて、春よりも夏よりも秋よりも、幻想的だ。
それで私は、冬が好きなのだ。
私は湯気で曇った窓を袖で拭き、空を見上げる。
雪よ、なるべく早くこの街を覆ってくれたまえ。
私はもう十ヶ月もお前を待っていたのだ。
早く私を色と音の無い幻想の世界へ。
私は学生帽と本を持ち立ち上がり、
冷えた酸っぱい珈琲を流し込んでから、店を出た。