グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫
「まったく、一体何をやっているのよ。ソフィアが気が付かなかったらあんたを探して出立が遅れるところだったのよ。」
ソフィアと共に馬で駆け寄ってきたクロエがソフィア以上におおきなため息をついて、呆れたように言う。
「ごめん。イデア隊の皆とはしばらく会えなくなっちゃうから見送りをね。」
「はぁ・・・まあいいわ。もう気が済んだでしょ。ソフィアと一緒に本陣の方へ戻りなさい。」
「いや。何を他人ごとのように申されているのですかクロエ様。クロエ様も本陣へお向かいください。」
クロエの後ろから、エドの見知らぬ兵が一人進み出てクロエにそう告げる。
「ちょ・・・なんでよ。あたしが指揮を執らなかったら誰がスカウトの指揮を取るっていうの。」
「ですから、そのためにそれがしが居ります。・・・エーデルガルド様、お初にお目にかかります。それがしはクロウ。元々はマタイサのスカウトでしたが、マタイサがデミヒューマンに取られた折、リュリュ様の配下に入り申した。今はクロエ様の副官をしております。以後お見知り置きを。」
馬から降りて跪き、深々と頭を下げるクロウと名乗ったスカウトは年の頃は30手前位、眉毛の濃い精悍な顔つきをした黒髪の青年だった。
「クロウだね、よろしく。ああ、それとこれからはいちいち馬から降りなくてもいいよ。大変だと思うし。」
「はっ、かしこまりました。」
「それよりクロウ。あたしが本陣ってどういうことよ。」
クロウとエドの面通しが終わったのを確認して、クロエが口をはさむ。
「むしろ、先頭を行く気満々であることのほうがどういうことだ。とお聞きしたい。」
やれやれ。と苦笑いを浮かべ、首を振りながらクロウがため息をつく。
「あたしが隊長なんだから先頭を行くのは当然でしょ。レオだって先頭にいたじゃない。」
「レオ殿とクロエ様ではお立場が違いますでしょう。スカウト隊を預かる身とは言え、クロエ様はアレクシス様の奥方さまでいらっしゃるのです。それに、クロエ様の魔法はなにか不測の事態が起こった時、エーデルガルド様を逃すのにも最適。本陣に居ていただくのがアレクシス様のためであり、エーデルガルド様のためであり、御身のためです。」
そう言って、クロウは城門に留まっていたスカウト隊を先に出発させる。
「う・・・」
「クロエの負けかなあ・・・。」
「負けだねえ・・・。」
「あんたたちも人事みたいに見てないで加勢しなさいよ!」
「いや、他の隊のことだし。」
「そうだね。それにどっちかと言えばクロウさんの言っていることのほうが、筋が通っていると思うし。」
「なんて友達がいのない奴ら!」
「さあ、反論がないようであれば本陣のほうへお下がりください。」
「・・・三人とも覚えておきなさいよ。」
クロエはそう言ってしぶしぶ馬を返して隊列に逆行するようにして門の方へ向かって馬を進めた。
「じゃあ、クロウ私たちは下がるからよろしくね。」
そう言ってエドは軽く頭を下げると、方向を変えるために馬の手綱を引く。
「・・・クロエ様に聞いたときは半信半疑だったのですが、本当に簡単に頭を下げられるのですね。クロエ様やレオ殿のような例外を除けば、スカウトなどどちらかと言えば蔑まれるようなものでありますのに。」
「え?なんで?スカウトがいなきゃ開戦前に情報戦で負けちゃうでしょう。それに危険な任務だし、礼を尽くすのは当たり前だよ。」
心の底からそう思っているような表情のエドを見て、クロウは溜息とも笑いともつかないような息を漏らす。
「ふむ・・・。なるほど、エーデルガルド様はリュリュ様同様、人を殺すのが上手い。」
「うーん・・・戦争だからそういうことも今後あるとは思うけど、人殺しが上手だって言われるのは心外かな。できれば犠牲は少なく済ませたいっていうのが私の本音だから。」
「いえ、あなたやリュリュ様のためであれば我々は喜んで死ねますよ。ということです。」
「うーん・・・喜んでもらえるのは嬉しいけど死なれるのは嫌だから、死なないようにしっかりと情報を持って帰ってきて欲しいかな。」
「ははは、喜んだ見返りがそれですか。それならただ死ねと言われたほうが気が楽です。」
「気が重くてもこれは命令。死なずに帰って来なさい。誰かが死ねば悲しむ人は必ずいる。私たちはそういう悲しみをなくすために戦っているんだからね。」
「それがしが死んだ所で別に悲しむ者はおりませんが、確かに隊の中には妻のいるもの、子のいるものもおりますからな。」
「は?クロウが死んだら私が悲しいでしょ。クロエだって悲しむし。」
「はぁ・・・。」
クロウは、エドが何を言っているのか一瞬理解できずに呆けたような返事を返した。
「あ、エドは本気で言ってるからね。こういう子なんだよ。わたしたちが守るお姫様は。」
ソフィアの言葉を聞いて、クロウは先ほどクロエに向けたような苦笑いを浮かべる。
「で、ありますか。・・・承知しました。では、また後ほど状況をご報告に参りますので、お二人は本陣のほうへ。」
「わかった。他のスカウトの皆にも無理はしないで、生きて情報を持ち帰るように伝えてね。」
「部下にその重荷を背負わすのは心苦しいですが、そちらも承知いたしました。皆泣いて喜ぶでしょうな。では、御免。」
クロウはそう言ってひらりと馬に飛び乗ると、先に出発したスカウト隊を追って走りだした。
そしてクロウに続いてソフィアの隊も後を追って走りだす。
「・・・あれ?ソフィアは行かないの?」
「うん。隊のみんなはデミヒューマンの殲滅がお仕事だけど、わたしはエドの護衛がお仕事だからね。隊の指揮はクロウさん同様しっかりした副官がいるから大丈夫だよ。ケイトとベンっていうんだけど、二人共しっかりしているんだ。元々はカズンさんの所に居た子なんだけど、カズンさんが亡くなった後の部隊再編の時にうちに来てくれたの。お陰で大助かりなんだよ。・・・実は今、実務は全部二人に丸投げしちゃっているんだ。」
「隊長になったんだからちゃんと働こうよ・・・。」
エドの指摘に、ソフィアは少し苦笑いを浮かべながら口を開く。
「それはそうなんだけどさ、何事もより仕事ができる人がやったほうがいいと思うんだよね。わたしはそういう運営とか作戦立案はできないけど、ケイトとベンよりも強いから、二人が対処しきれないような強敵が出てきた時はちゃんと前に出るつもりだし、適材適所だよ。」
「そういうものかなあ・・・。まあ、私もあんまり働いていないしなあ。」
「でしょ。でしゃばっても足を引っ張っちゃうだけだから、必要なときだけ働けばいいんだよ。」
「そうかもね。・・・じゃあ、とりあえず私たちは本陣に行こうか。それが今のお仕事だもんね。」
そう言ってエドが馬を返すのに倣って、ソフィアも馬を返してクロエの後を追って本陣へと向かった。
マタイサへ向かうエドたちの行軍は順調に進んでいた。2日目の昼。一休みするために全体が馬を止めて休憩を取っている最中に、クロウからの報告があがるまでは。。
「エーデルガルド様。」
エドとクロエ。それにソフィアが休憩を取っている所に、クロウが走りこんでくる。
「ん、どうしたのクロウ。」
作品名:グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫 作家名:七ケ島 鏡一