グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫
「・・・逃げねえよ。ソフィアを裏切ったつもりもないし、裏切ったこともしてないからな。何を言われたってキツくなんかねえ。」
「そう。・・・じゃあレオ君。わたしと別れて。」
本当に楽しそうに。どこか嬉しそうにそう言って笑うソフィアの顔を見て、レオの目の前は真っ白になった。
「な・・・んでだよ。お前、本気で俺をジゼルに譲るっていうのかよ。」
狼狽するレオの様子を見て、ソフィアがいじわるそうに口を釣り上げて笑う。
「だったら、どうだっていうのかな?だってレオ君はジゼルちゃんと完全に関係を断てないでしょう?」
「そりゃあ、同じ軍にいるんだから・・・完全に関係を断つことなんて・・・。」
「そうだねえ、同じ軍にいるからしかたないよねえ・・・なんて言うと思ったか?なあ、はっきりしろよ。レオンハルト・ハイウインド。お前、わたしとジゼルとどっちを選ぶつもりなんだ?」
突然別人のように荒っぽい口調で、ソフィアがレオの胸ぐらを掴むが、レオは唇をギュッと噛んだまま顔をそむけて答えない。
「ちょっとソフィア?」
「ジゼルは黙っててくれないかな、今話してるのはわたしたち夫婦の問題だから。」
「でも、最初に言っていたのと、話が・・・。」
「いいんだよこれで。で?どうするの?選べるの?このままわたしとの関係を続けるならわたしを選んでよ。」
「・・・選べねえ。俺はお前の言うとおり、確かに昔からジゼル姉ちゃんが好きだったし、今ジゼル姉ちゃんが俺に好意を持ってくれているって言うなら、それはすごく嬉しい事だ。だけど、だからっていってソフィアを捨ててジゼルと一緒にはなれないし、弱っているジゼルを突き放してソフィアのことだけを考えるなんていうこともできない。」
「・・・じゃあ、私たち、別れるしかないよね。」
「ちょっとソフィア、そんな言い方したら・・・。」
「別れねえっつってんだろ!俺はソフィアもジゼルも大切なんだよ!二人共大好きだから、二人が幸せになるための手伝いをしたいと思ってるんだ!」
「その場しのぎの嘘なんて聞きたくないんだよ!」
「その場しのぎじゃねえよ!俺はお前たち二人のどっちも大切だ!どっちかを選ぶなんてことできねえ!」
「アハハ・・・まるでアレクシス君みたいなことを言うんだね。でも、レオ君はアレクシス君じゃないよね。どっちも大切になんてできるの?本気でそんなことできると思ってるの?わたしは嫉妬深いし、ジゼルちゃんは素直じゃないからわかりづらいよ。そんな面倒な女二人も面倒見切れるっていうの?」
「できるかどうかなんて知らねえよ。でも俺は絶対に二人を幸せにして・・・ん・・・?」
そこで、レオはソフィアの口調が先ほどまでの荒い口調からいつもの口調に戻っていることに気がつく。
「・・・ソフィア。お前、俺に二人を幸せにするって言わせようとしてないか?」
「ん・・・?してるよ。」
いつもと同じ反応に戻ったソフィアの様子を見て、レオが少しだけ冷静さを取り戻した。
「・・・お前、俺をジゼルに全部譲る気なんてないな?」
「あはは。バレちゃった。別れるって言われてちょっとはドキドキした?」
「そりゃ・・・まあ。お前の言っている別れるっていうのは、一旦セロトニアでの婚姻を無効にするっていうことでいいんだな?」
「そういうこと。セロトニアじゃ重婚できないからね。」
「じゃあ、その・・・ジゼルと俺も?」
「うん。・・・あの日、ジゼルちゃんからレオくんとの話を聞いて、レオ君もジゼルちゃんもちゃんとわたしのことを考えてくれているんだってわかったからさ。だから、わたしはいいかなって。それに最近はアレクシス君達を見ていて、3人っていうのも、ちょっといいなって思っていたりもするし。ジゼルちゃんとはまんざら知らない仲でもないからね。」
「3人でって・・・でも、いいのか?相手は俺だぞ。」
「わたしは元々レオ君の奥さんだし。ジゼルちゃんもそれで良いっていうから別に問題はないよ。レオくんは嫌?」
「嫌かって・・・そりゃあ・・・。」
そう言ってレオは二人を交互に見るが、なんとなく気恥ずかしくなって、二人の顔から少し視線を下に外した。
「まあ・・・うれしいけど。」
「・・・レオ君、どこ見て言ってるの?」
ソフィアがそう言いながら少し顔をひきつらせるのもしかたのないことかもしれない。視線を外したレオの目線はどう見ても二人の胸元を見ているようにしか見えない。
「うう・・・別にその。夫婦になればそういうことも自然だと思うけど、そこから入られるっていうのはちょっと嫌・・・かも。」
そう言ってジゼルは両腕で胸を隠すようにするが、ソフィアに勝るとも劣らないその胸の肉は腕で隠そうとすればするほどその存在感を増す。
「ち・・・違うぞ。別に俺はそういうつもりで二人のことを嬉しいって言ったわけじゃないからな。」
「はいはい。そういうことにしておこうか。」
「そうね、そういうことにしておきましょう。」
「誤解だって!・・・まあ、良いや。それで俺はどうすればいいんだ?」
「書類はわたしの部屋に用意してあるから、サインしてくれればいいよ。手続きはこっちでやるからね。」
「手回しがいいな。何か他に企んでるか?」
「え?ううん。企んでないよ。レオくんはこれから大変だから、今のうちに少しでも楽をしてもらおうと思ってね。」
「これから大変って・・・まあ確かに大変な仕事の前だけど、そんなのソフィアだってジゼルだって同じだろ。」
そう言って首をかしげるレオの顔を見て、ソフィアとジゼルが顔を見合わせて、プッと吹き出した。そんな二人を見てレオが眉をしかめる。
「なんだよ、感じ悪いな。」
「忘れてるねえ。」
「忘れてるわね。」
「は?何を?」
「わたしと結婚した時にレオくんが経験出来なかったイベントだよ。」
「イベント?」
「娘さん達を僕にください・・・ってやつよ。」
そう言ってジゼルが楽しそうな笑顔を浮かべる。
「娘さん・・・たち・・・?」
「まあ、あたしの実父はバルタザールだけど、養父はお父様だし、ソフィアの実父もお父様なわけよ。つまり、娘さん達。」
「・・・俺、アンのおっさんにぶん殴られるかもしれないな。」
「かもしれない。じゃないと思うなあ。」
「お父様はあれで中々腕っ節が強いから頑張ってね、旦那様。」
「頑張ってね。じゃねえよ・・・ああ・・・俺、イデアに行きたくねえ。・・・クロちゃんと代わってもらおうかな。」
「まあまあ。それで、今日は三人で寝る?」
「い、いきなり?・・・でもまあ、夫婦なのだし、そうなるのよね。アレク達もそうしているんだし。」
ソフィアの提案に真っ赤になりながらジゼルが上目遣いにレオを見る。
「ま・・・まあ。とりあえず、その話は後だな。自分たちの準備もあるし、それが終わってから考えようぜ。」
そう言って部屋に戻ったレオは、出立の準備を終えた後に部屋から逃げ出し、その日の晩は事情を聞いたユリウスに白い目で見られながらユリウスの部屋で眠ったのだった。
作品名:グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫 作家名:七ケ島 鏡一