グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫
「私たちリシエールにとって、あの人は間違いなく敵なんだ。それは間違いない。でも、私の記憶にあるバルタザールと、この間会ったバルタザールは、全然印象が違っていて、皆の昔話にでてくるような、それこそアレクをそのまま大人にしたような、ちょっととぼけたおじさんだったんだ。・・・すくなくとも、リシエールの夜を起こすような人間には見えなかった。あの夜に見たあいつは人間なんかじゃなかった。間違いなく悪魔だった。でも、この間会ったバルタザールはどう見ても普通の人間だったんだよ。」
エドの言葉を聞いて、優しかった頃のバルタザールとの記憶のあるジゼルは押し黙り、今度はソフィアがレオと視線を交わして頷き合った後で、口を開いた。
「実は、私たちがセロトニアで聞いたのは、ジゼルちゃんの秘密だけじゃないんだ。皆には言わなかったけど、あの時セロトニアにはレオ君のお父さん。・・・ランドールさんがいたんだ。ランドールさんの話だと、アレクシス君達のお父さんはなにかに操られているって。それを抑えるために、ランドールさんとエリザベスさんは皇帝派としてリシエールに居るって。そう言っていたの。」
「・・・ふむ。つまり、エドとソフィアの話をまとめると、レオの父上やエリザベスに何かあって、その『なにか』の抑えが効かなくなった。と、そういうことか?それに伴って、父様もリシエールを離れている可能性が高いと?」
リュリュの言葉に、ソフィアとレオ、それにエドが頷く。
「・・・もしくは、自ら軍勢を率いてきたか。」
「アレク・・・。」
「可能性の話だよ。」
エドに窘めるように言われてアレクシスが肩をすくめる。
「僕もそれはないと思っている。もし攻めてくるならそれなら空気が緩みきっていた式典の日にぶつけてくるだろうからね。」
「うん。そうなんだよ。何かがあって、バルタザール派が追放されたか・・・。」
「殺されたかだな。」
「レオ・・・。」
「俺のもアレクと同じで可能性の話だ。あのクソ親父やエリザベスさんがそうそう簡単に死んだりはしないだろうとは思う。ただ、クソ親父が俺達に本当のことを言ったかどうかはわからないし、シャノンの能力を考えれば、最悪他のリッチに操られているって可能性だってあるだろ。」
「そうね。そういうこともあるかもしれないわ。それで?エドは何を言いたかったの?」
ジゼルが少しずれてしまった話を本筋へと戻そうとエドに話を振る。
「三人が私たちの前に現れた時には、一旦様子を見てみたいんだ。・・・それにもしも引き込めるのなら、こちらに引き込みたいと思う。」
「正気?」
「正気だよ。事後のことはともかく、もしも味方にできるのなら、今この時点でこんなに心強い味方はいないと思う。だってカーラさんが3人増えるようなものなんだよ?」
本気で言っている様子のエドの言葉を聞いてジゼルが眉間をおさえて大きなため息をついた。
「はぁ・・・。ユリウスは?エドの言いたいことはわかるけど、もう一人の当事者であるユリウスとしてはどうなの?」
ジゼルの問いにユリウスは少し諦めたような笑いを浮かべて口を開く。
「姉さんは普段から正気なんだか狂気なんだかよくわからないことがありますからね。・・・ただ、今現在の将に対しての兵の多さを考えると優秀な指揮官は多い方がいいとは思います。それこそ、姉さんの言うとおり戦後のことはわかりません。姉さんが殺すか、僕が殺すか。それとも他の誰かがバルタザールを殺すか。」
「・・・怖い姉弟ね。」
「いやいやいや。私はそんなつもりないよ。そりゃあ、元通り皇帝に戻ってくださいとは言わないけど、もしも反省して正気に戻ってくれているのなら、例えばセロトニアとか、アストゥラビに追放するとかさ。色々方法はあるかなって思うんだ。」
「甘いわ。」
「わかってる。でも、もしもアレクが死んじゃって落ち込んでいる時にアレクを生きかえらせることができるって言われたら・・・さ。気持ちはわからなくないんだ。ねえ、クロエ。」
「え?・・・まあ・・・うん。」
「結局ノロケかよ。」
「あはは、ノロケだけど真面目な話だよ。・・・ユリウスも本当にいい?嫌なら引き込むっていう話は無しでもいいんだけど。」
「ええ。・・・この世界の平和が第一。リシエールを取り戻すのが第二。僕らの敵討ちはその次の次くらいですから。」
「大人になったね。お姉ちゃんは嬉しいよ。」
「・・・僕だって毎日色々考えているんですよ。」
含み笑いをしているエドから視線をそらして、ユリウスはちらりとリュリュのほうを見た。
「・・・じゃあ、話が決まった所で早速準備にとりかかりましょう。クロエとレオ、ソフィアは偵察の準備。ユリウスとエドはそれぞれが連れていくリシエール騎士団の分割。あたしとリュリュとアレクはイデアに入った後の事を打ち合わせしておきましょう。・・・犠牲を最小限に留めるために、全力を尽くすわよ。」
ジ ゼルの呼びかけに各々気合のこもった返事を返して、全員が部屋を後にした。
作品名:グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫 作家名:七ケ島 鏡一