グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫
兵士たちと同様、エドをかばうように立ったクロエの前に走りこんできた女性は、そう言って背中で笑うと、手に持った巨大なスプーンでクロエに迫っていたホブゴブリンの首を掬いあげた。
刃らしい刃などないスプーンで力任せに首を掬われたときの衝撃で横向きに飛んで行ったホブゴブリンの身体が別のホブゴブリンにぶつかり、巻き込まれたホブゴブリンはその衝撃で絶命した。
「これであと18か。半分まかせるからね!」
スプーンを返してそう叫ぶと、女性は次のホブゴブリンへと向かって跳ぶ。
「まとめて行くよっ!」
女性はそう言って、首を掬いあげ、ふっ飛ばした首のないホブゴブリンの身体で、別のホブゴブリンを潰しつつ、また次のゴブリンに向かって跳んで行く。
「野蛮人め、こっちはもうスマートに全部倒してるっていうの。」
そう言って口をとがらせると、ソフィアの前に踊りでていた男性がゆっくりと振り向く。
「・・・やあ、ソフィアちゃん。怖かったろう?おじさんの胸に飛び込んできていいんだよ。」
ハルバードを構えるのがやっとという状態だったソフィアの前に現れた、眼帯をした男性は、彼女にとって一番愛おしい人と同じ匂いのする笑顔で手を広げて立っていた。
彼がホブゴブリンに対して背を向けているのも武器を構えないも、戦いたくないからでも平和主義者だからでもない。彼の武器は戦闘が始まった次の瞬間には、もう納めた後なのだ。
彼の攻撃によって倒されたホブゴブリン達はいずれもすべて首の後ろの急所を撥ね切られ、一撃の元に葬り去られており、ソフィア達の周りにいたホブゴブリンの集団はその場で次々崩れ落ちた。
「母・・・さん?」
「ランドールおじさん!」
二人が戦場に姿を表してからすべてのホブゴブリンが倒れ伏すまでにかかった時間は30秒もなかっただろう。実際にはもう少し時間がかかっていたのかもしれないが、ランドールの魔法によってエド達の実感としては30秒もかかっていないように感じた。
「スカウト共!ボケっとしてねえで、さっさと哨戒行って来い。30分以内の距離に敵がいたらすぐに狼煙玉だ。すぐに俺達が行って片付けてやる。もしその距離に居なかったら戻ってよし!」
ソフィアとデールと共にエド達のところにやってきたランドールの言葉を聞いて、クロウがハッとして部下に指示を出し自らも哨戒に出て行った。
「おお、クロエちゃん。久しぶりだな、レオとは上手くやってるか?」
「え・・・いえ・・・その。」
幼い頃から苦手としていたランドールに対して、はっきりと物が言えずにクロエがエドの後ろに隠れる。
「クロエちゃんは、アレクシス君のお嫁さんになったんですよ。」
「んん?俺達が掴んだ情報だと、アレクシスはエーデルガルド姫と結婚したってことになってたけど、そうじゃないのか?」
そう言ってランドールはエドに視線を向ける。
「私もクロエもです。アレクがはっきりしないのでそういうことで決着しました。」
サバサバとそう言って、エドは一歩前に出て手を差し出す。
「お会いできて光栄です、ランドール殿。私はエーデルガルド・プリ・・・じゃないや。エーデルガルド・グランボルカ。エリザベス殿も以後お見知り置きを。」
そう言ってエドは笑顔で二人と握手をした。
「ほぉ・・・肝が座っているというか、なんというか。こっちの正体を知っても前に出て来るか。あたしらがあんたを攫うとは考えないのかい?」
「え?だって、前にアミサガンでお会いした時も本気で私やリュリュをさらおうとしていなかったし、そもそも本気だったらリュリュに狙いを定めたりしないですよね。」
「・・・ま、俺はあの時は真相を知らなかったからな。誰かさん達に踊らされていた部分は否定できないが、確かに本気で攫うつもりはなかった。」
そう言ってやれやれという笑顔を浮かべながらランドールがエリザベスを見、その視線を受けたエリザベスは眉をしかめる。
「しつこい男だね。それは何度も謝っているだろ。・・・だいたいカーラの奴もこっちが本気じゃないのをわかっていて本気で対応するし。まったくどいつもこいつも性格が悪い。」
「でも、母さん達はどうしてここに?」
「ああ、色々あってテオ・・・バルタザール様と一緒にリシエールから逃げ出したんだけど、途中ではぐれちゃってね。まあ、殺しても死ぬような方ではないから、大丈夫だとは思うんだけど。」
「バルタザール帝なら、アミサガンでお会いしましたよ。それで私にこれを渡して、アレクと娘たちを頼むって。」
エドに指輪を見せられたランドールとエリザベスは顔を見合わせる。
「おいおい、あのバカ敵のど真ん中まで行ったのかよ。相変わらずバカだな。くく・・・ホントバカだな。あいつ。いくつになっても変わらねえわ。はははは。」
そう言ってランドールが大笑いするが、エリザベスが思い切りランドールの頭を叩いて笑うのをやめさせた。
「仮にも主人に向かってバカバカ言うんじゃないよ。確かにテオ様はバカなところもあるけどハッキリ言うもんじゃない。いくらバカでも傷つきやすいんだから。」
「お前もバカって言ってるじゃないかよ・・・まあ、いいや。俺達は今、南アミューで世話になってるんだ。ここまで来たなら南アミューはすぐだから、一旦立ち寄って部隊を休めるといい。エーデルガルド様は南アミューの女王と面識はあるんだろう?」
「エドでいいです。先代のアミュー王とは面識がありましたけど、もう亡くなられているんですよね?今のアミューが国内で分裂しているっていうのは聞いているんですけど、南アミューの女王が誰かっていうのは知らないんです。私とアレクの式典の時もアミューは内戦状態であることを理由に北の王も南の女王も参加してくれませんでしたから。」
「そう言えばここの所女王はずっと城にいたな。・・・北の王も同じってことは、お互い機会を狙っていたってことか。全く、抜け目ない王と女王だ。」
クククと笑って、ランドールが愉快そうに笑う。
「ちなみに、アミューについては知っているか?どうせ、スカウトが戻らないと出発できないし、知らなきゃ少し教えるけど。」
「領土はグランボルカ、アストゥラビに比べれば狭く、リシエールよりもやや大きいくらい。国境はすべて山脈を挟んでおり、他国への侵略をよしとせず、領土を拡大する意図はないものの、その王は代々継承されている万物創世の魔法とそれが暴走した時に抑制するための魔法をもって、大陸の監視者・バランサーとして、各国で起こる争いの仲裁に入っていた。と聞いております。」
エリカが自分の知る知識を披露し、それを聞いたランドールは素直に関心したような表情で笑う。
作品名:グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫 作家名:七ケ島 鏡一