小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫

INDEX|10ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 

エリカが恐る恐る目を開くと、そこには見たことのある大きな背中と、彼女の魔法によって、大きな背中をもってしても不釣り合いなほどに肥大化したハルバード。そして右腕を肘の部分から失い、叫び声を上げるホブゴブリンの姿。
「・・・大丈夫?」
 そう言って振り返る彼女の口調はいつもの通りだった。しかしその顔に浮かんでいる笑顔は普段の緩みきった柔和な笑顔ではなく、怒りを孕んだ笑顔。だがその笑顔に孕んだ怒りがエリカに向けられているわけではないことはすぐに理解できる。その怒りの矛先はハルバードの穂先と共にホブゴブリンに向けられている。
「いきなり現れて、女の子脅かすなんて許せないなあ・・・。」
 ソフィアは普段は絶対に口にしないような口調で話しながらハルバードを横に薙ぐ。
 重いハルバードに振り回されることもなく、軽々と、易易と。
 そして、ソフィアがただ軽い棒を振っただけのようなその所作だけで、ホブゴブリンの上半身は腰から滑り落ちた。
 しばらく残心してホブゴブリンが絶命したことを確認すると、ソフィアはハルバートを置き、エリカの方に駆け寄ってきた。
「大丈夫?怖かったよね。もう少し早く助けてあげられればよかったんだけど、わたしもびっくりしてちょっと対処が遅れちゃった。ごめんね。」
 ソフィアはそう言って、いつもの柔和で緩みきった笑顔を浮かべて腰に括りつけた道具袋からハンカチを取り出すと、呆けたような表情のままでいるエリカの顔についたホブゴブリンの返り血を拭っていく。
「よし。綺麗になった。ごめんね、服はマタイサまで我慢して。髪はどこか川があったら洗おうね。」
 そう言ってエリカの頭をひと撫ですると、ソフィアは立ち上がって置いておいたハルバードを握り自分の馬の方へ向かおうとするが、その手をエリカが握った。
「あ・・・あのっ!ソフィアさんも汚れています。私にお顔を拭かせてください。」
 エリカは真っ赤になってそう言いながら、背伸びをしてソフィアの顔にハンカチをあてがい、ホブゴブリンの血を拭い始める。
「これで、大丈夫です。」
「ありがとう、エリカちゃん。」
「いえ・・・あの・・・その。」
「うん?どうしたの?」
 そう言ってソフィアが首をかしげながら屈んで、視線をエリカに合わせる。
 ソフィアとしてはさっきの今で上から威圧してはいけないと思ってのことだが、今のエリカからしてみれば、そういう気遣いとは取れない。
 前後不覚、何がなんだかわからなくなったエリカは、おもむろに両手でソフィアの顔を包むようにして固定し、そのままソフィアの唇に自分の唇を重ねた。
「た、助けてくださってありがとうございました。・・・あの・・・ソフィアさんのこと、お姉さまって呼んでもいいですか?」
 一部始終を見ていたエドとクロエはいきなりキスをしておいてお姉さまもないだろうと思ったが当のソフィアは特に気にした様子もなく、「いいよ。」と笑ってハルバードを回収すると、二人の所に戻ってきた。
「あの・・・ソフィア、大丈夫?」
「え?別に平気だよ。いつもよりは多少力を使ったけど、エドみたいにフラフラになるほどじゃないし。」
「そうじゃなくて、エリカのこと。」
「ああ、大丈夫。エリカちゃんも無傷だよ。それにしても、リシエールって感謝の伝え方が極端だよね。わたしちょっとびっくりしちゃったよ。」
 そう言って屈託なく笑うと、ソフィアは先ほどと同じようにエドを小脇に抱えて馬に飛び乗った。
「いや、あれをリシエール標準だと思われても困るんだけど。・・・エリカは極端な所があるからなあ。」
「痛たた・・・お姉さま!私、さっき足をくじいてしまったようです。」
 その声を聞いて二人がエリカのほうを振り返るとエリカが地面にへたり込んでいた。それを見たエドは、ポリポリと頭をかくと、抱えてくれているソフィアに話しかけた。
「・・・あー。あのさソフィア。私はもう大分回復したから、自分の馬を使うよ。代わりにエリカを乗せてあげてくれる?」
「別にいいけど、本当にもう大丈夫?」
「大丈夫だって。それに私はエリカより上手く馬に乗れるから進軍速度も多少上がるしね。」
「わかった。じゃあそうしようか。」
 そう言って馬から降りると、ソフィアはエリカのところまで行き、彼女を抱きかかえて戻ると馬にまたがりハルバードを担いだ。
 明らかにエリカの仮病だったが、しかし、そのエリカの行動は結果的に良い方向に転ぶことになる。
 良い方向と言っても、あくまで悪い状況の中での良い方向でしかなかったのだが。

「報告!ホブゴブリンの群れが地下より出現。こちらに向かって進軍中。数、50。」
 馬を全速力で走らせてきたスカウトが、街道沿いの開けた場所で休憩していたエド達のもとに報告を持って現れ、その報告を聞いたソフィア隊、アミサガン騎士団の面々は浮足立つ。
「方向は?」
 ソフィアの隣に座ってご満悦だったエリカの表情が引き締まり、スカウトに状況を確認する。
「西より25。北より10。北西より15。」
「くっ・・・本隊と分断されたっ!」
 報告を聞いたエリカは悔しそうに親指の爪を噛みながらそう言って表情を歪めた。
「・・・お姉さま。西を突破するご自信は?」
「うーん・・・さすがにさっきのを25は無理かな。北に突破するならできないことはないと思うけど、それでも相応の犠牲が出ると思うな。」
 数は少ないが強力なソフィア隊、数は多いが弱卒の多いアミサガン騎士団。どちらにしても強行突破ということになればソフィアほどの戦闘力は持ち合わせていない彼らから犠牲がでるのは間違いない。
「左様ですか。・・・エーデルガルド様。私は南に抜けるルートを提案致します。西への突破は不可能、たとえ北へ突破したとしても犠牲が多くなる上、おそらくエーデルガルド様を狙う敵の間を抜けてそのまま北上した場合、ホブゴブリンの群れを連れてイデア隊の所にたどり着く可能性があると考えるためです。」
「南西経由でのマタイサ行きではなく南を選択した理由は?」
「大部分は北を除外したのと同じ理由です。南には集落はありませんので、山を越え一旦南側の隣国であるアミューへ入り、尾根を伝って再びマタイサへ向かうべきかと。その間に先ほどまでと同様、折を見てホブゴブリンを一体ずつ潰します。前方の備えはクロウさんにお任せします。エーデルガルド様の守りはソフィア隊。殿軍はアミサガン騎士団。最後尾はジャイルズ様とお姉様。前方にホブゴブリンが出た場合は無理に突破せず回避しますので、スカウト隊は狼煙玉を忘れないようにしてください。・・・すみません皆さん。やはり最初にエーデルガルド様をお諌めするべきでした。私は少し、調子にのっていたのかもしれません。」
 エリカはそう言って膝の上で拳を握って唇を噛む。そんなエリカの頭をポンポンと撫でながらソフィアが笑う。
「それはどうかな。西から来ているっていうことは、あのまま西に進んでいたら本隊ごと25体のホブゴブリンとぶつかっていたってことでしょ。だったら、足手まといなしで準備する時間ができただけ、今のほうがマシだよ。」