恋ってだいたいこんなもの
「でもそう聞こえますね」とバンビみたいな雰囲気の後輩が言った。いや、直前に出たからってバービーと間違えないでもらいたい。小鹿って意味のバンビだ。
「否定は出来ない」
続きを弾くと彼は、納豆 酢ええねボディにヘルプ! 湯のみ冷ますへェーエェ! と続けた。一種の才能だな。
くるくるの芸がひとしきりウケたところで、「ヤマハさんは今好きな人いないんですか?」とバンビが言った。
「二人には訊いたの?」
「俺はベースが恋人」とモヒカン。
「右手が恋人」くるくるのありきたりな下ネタに女子はヤダ―と悲鳴を上げた。まあ本気で引いてるわけじゃない。
「僕は……今はまだないかな」一瞬エミリの事が浮かびかけたが、違うだろう。偶然の出会いというのは何でも特別に感じるものだ。
駄目だな。前の彼女と後味悪い別れ方をしてから慎重になり過ぎてる気がする。ちゃんと会って友達としてやっていけるぐらいには話し合うんだった、なんて後悔をもうしたくないのだ。
「前の彼女とはどうして別れたの?」
授業が終わってから合流して帰りの電車に乗っている時も恋愛の話題になり、隣に座るエミリはそんな事を訊いてきた。
「グサッとくる質問だなあ」
「あ、辛かったら別に……」
「いや、大丈夫だけどね」
元カノとはちょっとした遠距離恋愛で、向こうの都合で二カ月ほど合えない時期があり、その間に元カノの方が僕に冷めていた。
「何それ、すごい自分勝手」とエミリ。「続けないで正解だと思う」
「ありがとう。僕もそう思う」元カノは別れ話のやり取りをする内に開き直り、自らの性格に隠れていた汚い部分をこれでもかと露出してきた。しこりのように残っていた想いもそれで消えた。変にヨリを戻したいなんて気持ちも起こらず、ある意味感謝している。
「すぐに次の子出来るよ」彼女は僕の肩を叩いた。
「まあね」
「うわ、自信過剰」
車窓から見える繁華街は、クリスマスの装飾がきらびやかに施されていた。セールの看板も目立つ。
「早いねえ」彼女はしみじみと言った。
「独り身には辛い」
「確かに」
「君は居ないの?」
「彼氏?」
「彼女でも納得出来なくもないけど」
「しないで」
彼女もまた三週間ほど前に別れたという。彼氏が社会人になり、付き合う余裕が無くなったそうだ。
「それは辛いな」
「まあね……つけ込むなら今かもよ?」
「そんなセコい事したくない」
彼女は口をとがらせた。「嘘」
「え?」
「今まで彼氏いた事ないの」
「本当に? 信じられない」
「縁がなかったもん。食堂で言ったでしょ?」
「ああ……」
「未経験だし」
いや、それは別に知らなくてもよかった。
「何赤くなってるの」
「なってないよ」
「純情ねえ」
「中学生じゃないんだから」
電車が駅に着き、僕達は席を立った。
僕はそこそこファッションに気を使ってる方だと思う。この日、要するにさっきの場面から二日経った木曜日は何故か変に力が入り、光沢のあるダークグレーのパンツに黒のシャツ、濃いネイビーのジャケットという出で立ちだった。
「パーティでも行くの?」昼休みにエミリが僕を見て言った。
「いや、ただの気分」
「その格好でいちごオ・レ飲んでるって、すごいギャップだね」僕の手元を見て言った。果汁三%と小さく記載されている。
「だって好きなんだもんっ」
「怖いからブリッ子はやめなさい」
「なんか、遠慮がなくなってきたね」
「お互いね。いい感じ」
「まあそうだね」壁が無くなったという事だ。
僕は中身の無くなったいちごオ・レの紙パックをつぶし、ゴミ箱に捨てた。
「クリスマス、どうするの?」エミリが言った。
「未定。君は?」
「同じく。家族とケーキでも食べるのかな」
「あ、でも直前にライブがある」
「ライブ?」
「うん、サークルの」
音楽やってたんだぁ、と彼女は元々大きな目を更に見開いた。「何やってるの?」
「担当? ギターヴォーカル」
「花形だ」
「なのかな。アコースティックの弾き語りとかデュオばっかりだけど」
今回は友人と二人で出演する。いつも通りシンプルな構成だ。
「曲作ったりするの?」
「たまにね。クリスマスライブでも一曲オリジナルやるよ」
「どんな曲?」
「虐待を受けている一〇歳の少女を救おうと外に連れ出して児童誘拐の罪を負った主人公が社会の矛盾をぶちまけるんだ」
「お……おお。なんかすごいね」
「世の中捻じ曲がったままどうにもならない事が多いんだよ」
「何かあったの?」
「いや? 別に。ニュースなんか見ててなんとなくね」
「なーんだ」
「なーんだとは何だよ?」
「いや? 別に」
「なーんだ」
そのクリスマスライブの日、僕は二日目に出演する事になっていた。
会場にいるのは粗方サークルの部員。発表会みたいなものだ。バラード曲の演奏以外で座席に着く事はほとんど無く、とにかくステージの前で腕を振り回して盛り上がる。ライブ自体が打ち上げのような雰囲気だ。
二組目の一回生が演奏している時にステージ前から後ろを振り返ると、エミリが客席にいた。部員の中に入るのにはやはり躊躇があるらしく、その場で立ち上がって手拍子している。目が合ったので来い来いと手招きすると、「いやぁ……」という表情を見せたが、「いいから」と口の形だけで言うと、彼女は「仕方ないなぁ」という感じで照れ笑いしながら降りてきた。
「その子誰?」二組目が終わってマーチンと呼ばれている三回生の先輩が言った。由来は勿論ギターのメーカーだ。ヒョロッとした体形で物腰が柔らかい。
「近所の人です」僕は言った。
「うん、間違ってはいないんだけどね」とエミリ。「どうも」
「どうもどうも。えっと、二人はどういう関係?」とマーチンさん。
「ボーイフレンドです」
「じゃあガールフレンドです」
「息合ってるなぁ」マーチンさんはハハハと笑った。「楽しんでってね」
どうも、と彼女はまた言った。
「浅い意味でのフレンド?」
「ん?」
「ボーイフレンドって」
「うーん、どうかな」
「え?」
「分からない。あ、次出番じゃないの?」
エミリは壁に貼られているプログラムを示した。
「ああ、本当だ。準備してくる」
僕はヴォーカルの相方と二人でステージに上がった。スポットライトの逆光であまり客が見えない。
一曲目の「Help!」を歌ってるとくるくるの語呂合わせを思い出して笑いそうになった。湯のみ冷ますって……ビール入れるんじゃないんだから。
ノリの良い曲を一発かました後にクリスマスらしくバラードを二曲。内一曲は相方がドラムを初披露して盛り上がった。僕はアルペジオを弾く時のピッキングが独特だと言われる。弾くというよりは叩くという感じだ。速いピッキングがし易く、ハイポジションでのハーモニクスが自然に加わってキラキラした印象の音になるのが気に入ってこの弾き方をしてる。まあ最初の内は中指にタコが出来て痛い目を見たけど。
作品名:恋ってだいたいこんなもの 作家名:TAKE