小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

恋ってだいたいこんなもの

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
大学から帰る電車のシートに座って舟を漕いでいると声を掛けられ、見上げると若い女性が立っていた。暗めの茶髪に、大きな目、ナチュラルメイク。ありふれたルックスだが、そこそこの美人だ。
「今朝はどうも、ありがとうございました」彼女は言った。
 何の事か思い出せずに怪訝な顔をしていると、「ほら、満員電車で」と彼女は続けた。
「ああ……」思い出した。

 一限の授業がある日に大学へ向かう満員電車。これだけ人が密集してるというのに、逆に孤独な気分になるというのも変な話だ。
 僕は扉から入ってすぐの壁にもたれて立っていた。次の停車駅で、更に十人程の乗客が入ってきた。車内の混雑は相当なもので、人々は一様に顔をしかめている。
 隣に立っている女性も同様だった。眉間に皺を寄せ、困った顔をしている。彼女の胸が僕の左腕に押し付けられている状態の為、妙な誤解を生んだかも知れない。
「あの、ちょっと場所代わりましょう」僕はそう言って、何だこの人、という目でこちらを見てくる彼女を少し説得し、立っている位置を入れ替えた。両腕を上げ、手摺と壁に手を当てる。
 電車が目的の駅に着いた頃には汗だくになっていた。彼女も同じ駅で降り、軽く頭を下げて先に階段を上がっていった。

「帰りも会うなんて」彼女は言った。
「変な偶然ですね」僕はふと違和感を感じた。「朝あなたが乗った駅、過ぎてるんじゃないですか?」
「普通からの乗り換えだったので」
「ああ、そういう事」
「座ってもいいですか?」
 どうぞ、と答えると彼女は隣に座った。
「変な人だと思われたかと」
「そんな事ないです。助かりました」彼女は顔の前で手を振った。
「まあ、僕が気まずかっただけなんですけどね。ほら……思いっきり当たってたし」
 彼女は一瞬自分の胸に目をやると、すみませんと赤い顔をして謝った。
「いや、あなたが謝る事じゃないです」
 内心にやけてたし、なんて事はもちろん言わない。
 電車が家からの最寄り駅に着いたので、僕は席を立った。彼女も同様に腰を上げた。
「ここで降りるんですか?」
 僕は訊くと、彼女は頷いた。「家、近いんですね」
「みたいですね」
 電車を降り、駅の出口で僕達は別れた。

 翌日キャンパスを歩いてると、中庭に住みついている猫をじゃらしている彼女に会った。
「どうしたんですか?」しゃがんでいる彼女を見下ろしながら思わずそう訊いた。
 同じ大学の学生だった。二限の授業を終えて昼食に向かう途中だという。
「知らなかった」彼女は言った。
 普段互いが電車に乗り、大学を歩いているところを気にする事も無かったからだろう。
 僕も授業を終えて、食堂へ向かうところだった。「あ、良かったら……」
「ナンパ?」
 え? と言いながら一瞬たじろぐと、彼女は笑った。
「冗談です。混まない内に早く行きましょう」猫の喉を掻いてやると、彼女は立ち上がった。

「えーっと……何回生なんですか?」カレーとオムライスがそれぞれ乗っている二つのトレ―を置いたテーブルをはさんで、僕は訊いた。オムライスを食べているのは彼女だ。
 二回生だと彼女は答えた。
「あ、僕もで……す?」
「敬語はおかしいよね」彼女は笑った。
「学部も同じなんて言わないよね?」
「私は人文」
「ああ」なんでほっとしてるんだろう? 「僕は経営」
「残念」
「まあ、ドラマじゃないんだからね」そう上手い事偶然が続くわけもない。「えっと……」
 話題を探していると、彼女が言った。「あの時間、よく乗るの?」
「電車?」
「うん、朝」
 あの時間に学校へ行くのは火曜だけだと、僕は答えた。「君は?」
「私は火曜と木曜。あれに乗るのはいつも怖いの」
「体押し込んで入ってくる人の顔も、すごい事になってるしね」
「あれが三割」彼女は吹き出して言った。
「残りは?」
「痴漢」うんざり、というような表情をした。「女系家族で女子校出だから、いまいち男の人が苦手なの」
「へえ……」そうは見えなかった。
「初対面の時だけね」思ってる事を見透かされたのだろうか。「あなたは昨日の事で、安心出来る人って分かったし」
「良かった」
「でも本当、いつかスカートの中とか触られるんじゃないかって不安はすごくある」
「分かるよ」
「男なのに?」
「尻を触られた事あるんだ、男に」
「え……?」
「引かないでよ。僕がホモってわけじゃない」
 ごめんごめんと言って、彼女は大笑いした。「変な人がいるもんだねえ」
「冗談抜きに気を付けてるよ。後ろのポケットにパスケースと携帯入れてる」そう言いながら僕も笑った。

 彼女の提案でアドレスを交換して、彼女の名前はエミリだという事を知り、イギリスのクォーターだという事も知った。バカな男はこういう行動で多少の期待を抱いてしまうもので、「自分は違う」なんて大して意味の無い反抗心から僕はメールを送らなかった。
 次の週になった火曜、満員電車でまたエミリと会った。僕はまた扉の横で壁にもたれて立っていた。彼女は向かい合わせに立っており、詰めかけてくる乗客の重量が背中にのしかかっている。
「代わろうか?」
「いいの?」
「もちろん」
 位置を入れ替え、僕は壁に手をつく。あー背中が重い。
「無理しなくても」
「え?」
「手」
「いやーでもね……」また胸当たるのも困るし。
 と思っているとエミリは腕を組んだ。「ね? 大丈夫」
「名案だ」
 壁から手を離し、手摺を掴む。僕らの距離が縮まり、みぞおちに彼女の腕を感じた。
「なんでメールしてくれないの?」
 ちょっと心配してた質問をされた。
「それは、なんというか……男の性に逆らってたんだ」
「何それ?」
「いや、こっちの話」
「送ってくれたらいいのに。草食系って男が思うほどモテないよ?」
「分かった。おやすみメールなんかもOK?」
「いいよ」彼女はクスリと小さく笑った。電車の中だし。
 大学に着くと授業が始まるギリギリの時間だった。僕らは手を振り合うと、急ぎ足で別々の棟へ向かった。

 昼休みにギターの練習でもして暇を潰そうとクラブハウスへ行った。音楽系のサークルに入っているのだ。
 部室に入ると同学年の男子が二人、一つ後輩の女子が二人いた。机を挟んでパイプ椅子に座っている。
「あ、合コン中だった?」
「なんでだよ」ソフトモヒカンの大柄な友人がつっこんだ。
 先程から何やら盛り上がっていたようだ。
「何を話してたの?」
「恋バナ」くるくるパーマの友人が言った。
「やっぱ合コンじゃ……」
「王様ゲームでもやるか?」とモヒカン。
「ヤマハさんは彼女っているんですか?」猫みたいな雰囲気の後輩が訊いてきた。YAMAHAのギターばかり三本持っているからこう呼ばれてる。
「年下の子がいたけど、ちょっと前に別れたよ」
「あ……すみません」
「いやいや。死別したわけじゃないんだから」
 僕はギターケースからアコースティックギターを取り出し、カポを付けてビートルズの「Help!」を弾き始めた。
 あ、にーさんばーびーヘルプ! とくるくるが歌った。
「I need somebody.だよ。なんで兄さんとバービー人形に助けを求めるんだ」僕は演奏を止めて言った。