『喧嘩百景』第11話成瀬薫VS不知火羅牙
すぐに薫より強くなるだろう。
「薫ちゃんは鈍(なま)ってく一方だから」
薫は苦笑いを浮かべた。鈍(なま)ってく一方か。その通りだ。刀だって研(と)がなけりゃ錆び付く。――俺は斬れる刀でなくてもいいんだ。
「で、竜は何て?」
竜だって解っているはずだ。薫はもう誰とも勝負しないし、勝ちは竜に譲ってある。
「絶対薫ちゃんより強くなるからってさ。だからそれまで薫ちゃんの力を落とさないでくれって」
羅牙は立ち上がろうとする薫に手を貸してやった。
竜は羅牙が彼よりも強いことも知っていた。彼女は念動力者だ。力にもスピードにもその能力(ちから)を上乗せしている。だから普通の人間で彼女に敵うものはなかった。
「鈍(なまくら)になんのは許さないってさ」
薫は肩を竦めた。
それで羅牙をけしかけたのか。
「あいつの我が儘なんか聞いてやることないのに」
羅牙は顎を引いて上目遣いに薫を見た。
「あたしたちもさ、薫ちゃん――――彩子(さいこ)さんにしわ寄せがくんのは戴けないんでね」
――彩子に。
ずきりと胸が痛む。
内藤彩子、薫の幼なじみで恋人。
彩子にしわ寄せ。
「緒方に負けを認めさせたのは彩子さんさ。薫ちゃんがはっきりしないから。あいつ、何事もはっきりしないのは性に合わないから、ストレス限界だったんだよ」
「あののーてんきな竜ちゃんがこう、眉間に縦皺寄せてさ」
美希は両手の人差し指を立てて眉の間をつまんで見せた。
「それに。色々企んでる奴らがいるらしくてさ。ここんとこ色々不穏なのは薫ちゃんだって知ってるだろ」
――それはお前たちが派手にやりすぎたからだろう。
薫は羅牙にそう言い返そうとして思いとどまった。
彼女たちが動かなければどうなっていた?
何もしないことでは誰も守れない――か。
「お前たちの言いたいことは解ってるよ。でもなぁ」
薫は自分の拳に目を落とした。
「薫ちゃんの言いたいことも解るよ。でもね、心情的には緒方の方に付いてやりたくなるわけよ」
「おばかだけどさ、いいやつなんだよねえ」
それも解ってる。薫は思った。あんなに真っ直ぐな姿を見せられると胸が痛む。しかし。
「ばかはばかだ。あいつのやり方じゃ敵を増やすだけ―――」
作品名:『喧嘩百景』第11話成瀬薫VS不知火羅牙 作家名:井沢さと